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横浜製作所

沿革: 横浜製作所

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1891

有限責任横浜船渠会社設立

設立を許可した閣議決定書立
設立を許可した閣議決定書
【国立公文書館所蔵】

1859年6月の神奈川開港、1872年9月の新橋~横浜間の鉄道開通により、横浜港は内外各地に至る重要な港となり、国内外船舶の出入りが激増しましたが、1880年代になっても船舶が入渠(にゅうきょ)修理できる工場設備がなかったことから、1891年6月「有限責任横浜船渠会社」が設立されました。

1896

船舶修繕事業開始

横浜船渠会社 営業案内
横浜船渠会社 営業案内

1896年9月1日横浜船渠会社は横浜港における船舶修理事業に乗り出しました。
同年、わが国に「造船規定」が制定され、輸入する船舶を日本国籍にするためには、同規格に合格することが必要となりました。 当時は数多くの船舶が輸入されており、横浜船渠会社は営業開始から繁忙を極めました。

1897

第2号船渠竣工

2号船渠全景
2号船渠全景
現在の「ドックヤードガーデン」
現在の「ドックヤードガーデン」

横浜船渠会社は1、2号船渠(せんきょ)を同時に築造することで計画していましたが、時期をずらして大小2本の乾船渠を築造することになりました。
当時の横浜港に出入りする船舶で長さ146メートルの1号船渠を必要とする船舶は少なかったことから、築造期間の短い第2号船渠を最初に築造しました。

1899

第1号船渠竣工

築造中の1号船渠
築造中の1号船渠
海からみた開渠式当日の横浜船渠
海からみた開渠式当日の横浜船渠

1897年4月の第2号船渠(せんきょ)竣工に続き、1899年3月に第1号船渠を竣工させ、同年5月に第1、2号船渠の開渠式を挙行しました。

1917

新造船事業開始

新造船第1船「神天丸」
新造船第1船「神天丸」

横浜船渠会社の修繕船事業は順調に発展したが、1909年頃からの海運不況に遭遇し、安定した経営が困難となっていました。
1914年の第1次世界大戦勃発による造船ブームが到来したのを機に、新造船事業に参入することになりました。

1923

舶用汽缶製作実績100缶突破

三菱水焔管式ボイラ
三菱水焔管式ボイラ

横浜製作所でのボイラ初号機は1917年に建造された「神天丸」向けに製造されたスコッチ円缶ボイラです。
このボイラは、入渠(にゅうきょ)中の船のボイラをスケッチしながら製作されたと伝えられています。
舶用ボイラは時の新造船ブームに乗り、1923年には100缶目の製作を達成しました。

1929

氷川丸進水

進水直前の氷川丸
進水直前の氷川丸

太平洋シアトル横断航路の女王として長年活躍した「氷川丸」は1929年9月に進水しました。
第2次世界大戦中は病院船として徴用され、終戦後は復員船あるいは外米運搬船として活躍しました。
1943年7月に貨客船として再デビューするための改装工事を施工し、日本唯一の外航客船として活躍しましたが、1961年1月に山下公園に係留され、現在は横浜港のシンボルとして市民の憩いの場となっています。

1930

ディーゼル機関初号機完成

横浜製作所初のディーゼル機関
横浜製作所初のディーゼル機関

昭和時代(1926年以降)に入り、欧州においてはディーゼル機関の実用化が進み、日本でも次第にディーゼル主機関の時代へと移行していきました。
横浜製作所では、ディーゼル機関を欧州からの輸入に依存していましたが、自製についての検討も進められていました。
1930年にドイツMAN社との技術提携による横浜製作所として初のディーゼル機関を舶用向けに完成・出荷しました。

1935

三菱重工業(株)に合併

1935年8月9日 横浜貿易日報
1935年8月9日 横浜貿易日報
横浜船渠、三菱重工業の合併記事

1935年11月、横浜船渠は三菱重工業と合併し、三菱重工業(株)横浜船渠となりました。
京浜地方の実業家が設立した横浜船渠は姿を消し、三菱重工業の一部となりました。
この合併により、三菱重工業は東日本地区に造船事業の拠点を獲得しました

1952

「三菱横浜-CE」ボイラ初号機納入

「三菱横浜-CE」ボイラ初号機
「三菱横浜-CE」ボイラ初号機

横浜製作所のボイラの技術水準は炉筒ボイラのレベルでしたが、アメリカ最大のボイラメーカー、Combustion Engineering(CE)社と1951年5月に技術援助契約を締結しました。
このCEボイラの技術導入が横浜製作所のボイラ事業展開の端緒です。
「三菱横浜-CE」ボイラの初号機は、1952年12月に米軍立川基地向けに納入しました。

1961

「三菱横浜」型タービン初号機完成

発電用蒸気タービン1号機
発電用蒸気タービン1号機

横浜製作所の発電用蒸気タービン第1号機として300キロワット、単段カーチス型CG15型機が完成しました。

1966

本牧工場新設

操業を開始した本牧工場の10万重量トン浮ドック
操業を開始した本牧工場の
10万重量トン浮ドック

船舶の大型化に備え、大型修繕ドックが必要となり、本牧埋立地への展開を計画しました。
1965年3月に本牧工場の建設を開始しましたが、横浜工場では新造船の輻輳による岸壁とドックの容量不足が激しくなりました。
そのため、工場完成前に購入予定地の一部を使用開始し、1966年8月に10万重量トン浮ドック1基を借用して本牧工場の操業を開始しました。

1971

史上最大の修繕船工事完成

損傷復旧工事をすすめる「マクトラ」
損傷復旧工事をすすめる「マクトラ」

建造後1年余りで爆発炎上したタンカー「マクトラ」は、当時最も経済性の高いとされた20万重量トン級の巨大タンカーであったため、船主の本船復旧に対する意欲が強かった。 回航のため、1,500トンの鋼材を使用した仮補修を行い、横浜製作所に回着し、長崎造船所と協力し、新替所要鋼材1万4,000トンにも及ぶ空前の海難工事となりました。

1979

最後の進水船「TABRIZ」が進水

多くの人が感慨の中で進水する「TABRIZ」
多くの人が感慨の中で進水する「TABRIZ」

世界的なオイルショック時代に突入し、産油国が自ら油送船隊を持つ動きも活発になりました。 横浜製作所が新造船事業から撤退する1ヶ月前の1978年7月に受注した「タブリーズ」は、新造船最後の進水船を3,000人が見つめるなか1979年11月30日に進水しました。

1983

本牧・金沢工場に移転 横浜工場閉鎖 横浜製作所と改称

横浜工場1号ドック閉渠式
横浜工場1号ドック閉渠式

横浜工場の本牧・金沢工場への移転完了に伴って、1982年12月10日に83年間の歴史を刻んだ横浜工場1号ドックの閉渠式(へいきょしき)が行われました。
1983年3月18日に金沢工場において総合竣工式を挙行し、同年4月1日にその名を横浜製作所と改称しました。

1986

三菱KU30型ディーゼル機関初号機完成

長崎造船所香焼工場向け14KU30発電設備
長崎造船所香焼工場向け14KU30発電設備

第2次オイルショック以降、工場の合理化が進み、蒸気消費量の減少と熱源の変更等により電気比率が高まったことと、石油の低価格があいまって「ディーゼル・コジェネレーション」が注目されるようになりました。
実用初号機4,000キロワット発電設備は、長崎造船所香焼工場向けとして採用され、1986年6月に完成しました。

1989

豪華客船「クリスタルハーモニー」主機三菱MANディーゼル機関完成

「クリスタルハーモニー」主機関 8L58/64
「クリスタルハーモニー」主機関 8L58/64

本格的海洋レジャー時代の到来を予想して、海運業界では大手海運会社が外航客船の建造に踏み切りました。
このうち、「クリスタルハーモニー」は長崎造船所が建造し、その主機関として横浜製作所のディーゼル機関が採用されました。

1991

創立100周年記念パーティー

創立100周年記念パーティー
創立100周年記念パーティー

1991年6月4日有限責任横浜船渠会社の設立から100年を迎え、創立100周年記念パーティーを挙行しました。

2000

世界最大級のごみ焼却プラントを納入
世界最高クラスの高効率・低公害ガスエンジンMACH30Gを開発

シンガポールごみ焼却プラント
シンガポールごみ焼却プラント

海外では、シンガポール・台湾他アジア諸国に、20プラントを超えるごみ焼却プラントを建設・納入しています。
シンガポールでは1日あたり4,320トン(1日あたり720トンを6炉)を処理する世界最大級のごみ焼却プラントを1997年に受注し、38ヶ月間の短納期で納入しました。

ガスエンジン生産ライン
ガスエンジン生産ライン
ガスエンジン生産ライン

小型ガスタービンやチェーンサイクルガスタービンと比べ、効率で大幅に勝る事に加えて、環境対策・信頼性・価格・メンテナンス費用の勝るMACH-30Gを開発しました。
発電効率 42.5パーセントの世界最高レベルの性能を実現化する事に成功し、2002年10月に実用初号機が稼動しました。

2001

世界最大級のLNGタンクを納入

20万キロリットルLNGタンク
20万キロリットルLNGタンク

横浜製作所では、LPG(Liquefied Petroleum Gas、液化石油ガス)船の建造等を通じて培った極低温対応技術を応用し、LNG(Liquefied Natural Gas、液化天然ガス)タンク建設を1965年より着手してきました。
2001年には容量20万キロリットルの世界最大級規模の地下式タンクを納入しています。

2008

世界最大級2,400キロワット風車「ナセル」生産開始

生産を開始する風車ナセル工場
生産を開始する風車ナセル工場

無限の自然エネルギー「風」を利用したクリーンな電力源として脚光を浴びている風力発電設備を三菱重工は1980年から開発・生産していました。
横浜製作所は、新規事業として2006年9月から1,000キロワット風力発電設備の「ナセル」生産を開始し、同年11月に初号機を完成させ月産20台の量産体制としました。
2008年2月からは、世界最大級となる2,400キロワット風力発電設備の「ナセル」生産を開始しました。

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