サステナビリティ対談(名和高司氏 - 加口CSO)

一橋大学ビジネススクール客員教授の名和高司氏と当社の加口仁CSOが、パーパスやサステナビリティ、マテリアリティなどをテーマに対談しました。オリジナリティのあるキーワード「粋でありたい」から、無形資産形成への言及まで、話は多岐にわたりました(2022年2月実施)。

志は「粋でありたい」

志は「粋でありたい」

名和
 はじめにお聞きしたいのは、御社のパーパス(志)についてです。一連の企業活動の根本にあるものですね。三菱重工のタグラインは “MOVE THE WORLD FORWARD” ですが、これはパーパスでしょうか。

加口
 少なくとも私は、それが一番近いと考えています。世の中を前進させていきたいという意気込みを示しています。

名和
 パーパスにゴールはないと思いますが、届かなくても目指す地点として、私はパーパスを「北極星」と呼んでいます。御社は “MOVE THE WORLD FORWARD” の先に、何を見据えているのでしょうか。

加口
 安全・安心な社会ですね。それから、会社として、「粋でありたい」と考えています。「武士は食わねど高楊枝」みたいな感じもしますけど(笑)。

名和
 それは良い言葉ですね。江戸の「粋」。すごく素敵です。この日本的な価値観を、グローバルに広められるといいと思います。これはキーワードになりえます。

加口
 プロセスも大事にしていきたいです。「何をやるか」や「なぜやるか」も重要だけど、「どうやるか」も大切に。

名和
 What、Whyだけでなく、Howも重要ということですね。それらを粋に、正々堂々と。素晴らしいと思います。ホームページを拝見したところ、マテリアリティ(注)を再定義し、サステナビリティにも力を入れ始めたようですね。

  • 企業にとって解決すべき重要な社会課題
サステナビリティとマテリアリティを本気で

サステナビリティとマテリアリティを本気で

加口
 2021年10月から、「マテリアリティ推進会議」と「サステナビリティ委員会」を設置しました。従来は「CSR委員会」として活動していたのですが、従来のCSRの枠を超えて、サステナビリティとマテリアリティを本気でやろうと体制を整備しました。

名和
 マテリアリティをしっかり分析し、テーマを5つに絞られたのはすごくいいですね。最初の3つは、三菱重工が絶対に外せないもので、残りの2つとのバランスも良い。世の中から求められていることと、三菱重工が本気で変わろうとしていることが、組み合わさっている。

加口
 そうですね。1つ目の「脱炭素に向けたエネルギー課題の解決」と3つ目の「安全・安心な社会の構築」は、世の中から求められていること。2つ目の「AI・デジタル化による社会の変革」は、時代の要請といえます。4つ目の「ダイバーシティ推進とエンゲージメントの向上」と5つ目の「コーポレートガバナンスの高度化」は、当たり前のことですが、より強化していこうという趣旨です。

名和
 この5つの分科会には、それぞれに責任者がいらっしゃいますが、5つのマテリアリティをバラバラに考えるのではなく、横の繋がりも必要ですよね。

加口
 事業系のマテリアリティである1つ目、2つ目、3つ目は根っこでは繋がっています。結局のところ、何をやるにしても、事業部門と研究部門が関わるものです。技術などのリソースは豊富にあるので、当事者たちはそれらを共有し、密接に連携しています。ただ現時点では、マテリアリティという言葉自体が難しいこともあり、まずは普及活動から始めています。浸透するまで、少し時間はかかりそうです。

名和
 三菱重工が想いを込めているものといえば、何でしょうか。三菱重工らしさが特に感じられるものといえば。

加口
 やはり安全・安心な社会ですね。これは当社の特徴だと思います。サイバーセキュリティも重要ですし、国を守ることは我々の使命です。

名和
 なるほど。確かに三菱重工らしいですね。ところで、これは日本企業全体にいえることでもありますが、御社ももっと無形資産をつくることに注力されるといいと思います。ブランド、知識、ネットワーク、人財に代表されるものです。バランスシートには載っていない資産ですが、これらを将来の財務価値にすることは、大事なポイントだと思います。三菱重工はフィジカルなものがお好きでしょうから、「無形のブランドなど怪しい」と思われているかもしれませんが、これは先ほどの「粋」にも通じるものでもあります。

加口
 無形資産の重要性は認識しています。悩ましいところです。やはり外から見て、ワクワク感が出ていないといけません。そして、難しいことをちゃんとやってくれる会社だと見られるようにもしたいですね。企業PRだけではなく、本質的にアクティブにやっていきたいと考えています。

名和
 そこはぜひとも。伸び代があるということですので。

ステークホルダーの名和高司氏と当社の加口仁CSOの話題は、三菱重工の事業にも広がり、カーボンニュートラルへ向けたエナジートランジション、水素社会へのプロセス、CCUSなどについても語られました。

ネットゼロへのロードマップ

ネットゼロへのロードマップ

名和
 三菱重工は「2040年カーボンニュートラル宣言」を出されました。つまり、2040年までに、「Scope1」(自社工場における燃料の燃焼などのCO2排出)、「Scope2」(電気などの使用に伴うCO2排出)、「Scope3」(グループの事業に関連する顧客やサプライヤーなどのCO2排出)のすべてにおいて、CO2の排出と吸収で差し引きゼロの状態、つまりネットゼロを実現させるという目標で、実に潔い宣言です。

加口
 Scope3はCCUS(二酸化炭素回収・有効利用・貯留)を入れると、早期にゼロにする計画を立てることができました。それで、先にこちらの目標年を2040年と決めました。Scope1、2については当初、2050年を目標にすることも考えたのですが、やはり自社工場も同じようにと、意を決して進めています。脱炭素の世界でビジネスをつくっていく必要があり、その想いを強くしています。

名和
 Scope1、2は自分事でやろうとすると、コストもかかりますよね。

加口
 はじめは全社共通として本社が負担するのかなと考えています。まずはいくつかの事業所でやってみて、そこから横に広げていく展開を考えています。
 省エネや脱炭素に貢献する製品をつくり、自分の工場に入れてショーケースとし、外の方々にも気に入っていただくことでビジネスチャンスが生まれるようにしたいです。例えば、従来の工場ボイラーを、ヒートポンプに変えるなどですね。

名和
 Scope3の方がやりやすいですか。

加口
 我々が考えるScope3では、例えば、20年間運転する天然ガス焚きのガスタービンを売った場合、ガスを燃やして排出されるCO2をカウントします。売るものを水素ガスタービンに変えるとカウントはゼロです。CCUSを受注したら、取り除くCO2の分をマイナスでカウントします。このようにしてどんどん減らしていくのです。CCUSは当初、設備や資金の割には効果がどうかなと疑問に思っていましたが、経済的には、カーボンプライシングを考慮すれば成立しそうです。技術的には安定した地中に埋めて長期に保持できるし、さらに長い年月が経てば、岩石の中にCO2が入って固定されるので、こちらも成立すると信じています。

名和
 なるほど、よくわかりました。それから、私は三菱重工が考える「エナジートランジション」もすごく良いと思います。すぐにでも再生可能エネルギーに代替できるというようなことを言う人もいますが、それは現実的ではありません。いきなり、明日からネットゼロにできるわけではないのです。だからこそ、「トランジション」というキーワードを、キープレーヤーが言い続けなければなりません。私は10年、20年単位でのトランジションを想定しています。

加口
 我々は、火力発電の脱炭素、産業用エナジーの効率活用、カーボンリサイクルの推進、水素バリューチェーンの構築と、段階的に進めていく考えです。

水素社会を見据えて

水素社会を見据えて

名和
 水素やアンモニアを使いCO2をゼロにするという発想は、すごくわかりやすいのですが、欧米の人には、そんなことができるのかと訝しがられます。三菱重工は本気でやっていますよね。

加口
 もちろん、本気でやっています。水素はエネルギーの塊です。水から分離させたり、メタンから分離させたりしてつくられます。それを輸送し、いずれ産業に使用していきたいと考えています。本格化まではもう少し時間がかかりそうなので、まずはブルー水素(CCUSと組み合わせて、CO2を排出させない化石燃料由来の水素)をつくって、水素自動車や製鉄などに使用して普及させたいですね。その先にグリーン水素(洋上風力などの再生可能エネルギーを利用し、水を電気分解してつくられる最もクリーンな水素)のエネルギーができるようになれば、水素社会も実現できると思います。

名和
 三菱重工は技術を得意としていますが、事業としてマネタイズしていくことについては、どうお考えですか。

加口
 XaaS(ザース)などのサブスクリプションモデルも検討しています。ここは成長推進室などを含め、会社全体で考えていく必要があります。我々も日々、何を売るかは議論しています。もともとは、「製品を売る」というマインドが圧倒的でしたが、ここ1、2年で変わってきました。今は、新型コロナもあって、なかなか外出できませんが、もっとアクティブに動き、色々な人に会って刺激を受けたいと思っています。

名和
 物流ロボットのΣSynX(シグマシンクス)には可能性を感じます。これが工場や都市のなかで実装されたら、素晴らしいと思います。

加口
 AGV(Automated Guide Vehicle:無人搬送車)の発展形ですね。フォークリフトなどとつないで、人と協働できるように。今は物流に使用していますが、すべての機械システムに活用できればいいと考えています。

プロフィール

名和高司(なわ・たかし)/
一橋大学ビジネススクール客員教授

1980年東京大学法学部卒業、三菱商事入社。90年、ハーバード・ビジネススクールにてMBAを取得し、その後、約20年間、マッキンゼーのディレクターとして、日本、アジア、アメリカなどを舞台に、多様な業界において次世代成長戦略、全社構造改革などのプロジェクトのコンサルティングに従事した。2011年から16年まで、ボストンコンサルティンググループのシニアアドバイザーを務めた。10年より、一橋大学大学院国際企業戦略研究科特任教授、18年より現職。問題解決、イノベーション、コーポレートガバナンス、デジタルトランスフォーメーション、CSV戦略などの講座を担当する。主な著作に、『高業績メーカーは「サービス」を売る』、『CSV経営戦略』、『パーパス経営』など。