和田岬砲台

和田岬砲台

神戸造船所構内には、江戸末期の1864年(元治元年)に建設された「和田岬砲台」が現存しています。 当時、外国艦船の来航に伴い、沿岸を防備する必要に迫られ、徳川幕府により和田岬・川崎(湊川)・西宮・今津の各所に同型の砲台が建設されました。設計は勝海舟。完成には、約1年半の月日と2万5千両の費用を要しました。
湊川・今津の砲台はすでに取り壊され、西宮の砲台も内部が焼失し、石郭のみとなり、現在、和田岬砲台のみが当時のままの面影を残しており、 1921年(大正10年)3月3日には兵庫県下における史跡第1号に指定されています。

勝 海舟
勝 海舟
1階部分修理前
1階部分修理前
1階部分修理後
1階部分修理後
2階部分修理前
2階部分修理前
2階部分修理後
2階部分修理後

外郭部が石造、内部が木造2階建という構造で、石造部分は瀬戸内海の塩飽諸島の御影石を、また木造部位は神戸の布引・鉄拐等の山から伐採した、けやき材を使用しています。
1階に弾薬庫と砲身冷却用の井戸(深さ5.2メートル)があり、2階と屋上にはそれぞれ11門、16門の砲門が設けられていますが、実際に大砲が装備されることはありませんでした。

星形土塁
また、当時、砲台の周囲には東西約60メートル、南北約70メートルにわたって、星型の土塁が築かれていました。

和田岬砲台は築造後、大正末期から昭和初期に大修理が施され、阪神・淡路大震災にも耐えましたが、内部の木造部分の傷みが著しいため、内部の全解体修理や外郭部の石造部分の修理などを行う平成の大修理を2009年(平成21年)から行い、2014年(平成26年)3月末に修理工事が完工しました。

和田岬砲台 図解
星形土塁

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