#061 杉浦 拓実『貪欲に。』

2022年5月28日、大阪は花園ラグビー場。1週前の第1戦を33-25で制して迎えた、NTTコミュニケーションズシャイニングアークス東京ベイ浦安との入替戦の第2戦。悲願のディビジョン1昇格をかけたシーズン最大のこの大一番で、際立つ活躍を見せて勝利に貢献したのが、加入2年目を迎えたばかりの杉浦拓実だった。

前半8分、WTBアライアサ空ローランドの負傷により入替でピッチに登場。すぐさま国際ラグビー界のスター、イズラエル・フォラウの足元に突き刺さってゲームにインパクトを与えると、27分にはディフェンスライン裏へのキックに鋭く反応し、12-7とリードを広げるトライを挙げる。38分には相手選手がファンブルしたボールを胸に収め、軽やかなフットワークでふたたびインゴールへ。想定外のタイミングで到来したチャンスを動じることなくものにし、アクシデントを見事にプラス材料に反転させてみせた。

「運がよかった、というのが正直な実感です。そこにいたらたまたまチャンスが巡ってきた、というだけなので。自分が取ったというよりは、みんなに手助けしてもらって取ったトライでした」

本人はそう謙遜するものの、緊迫感みなぎるあの舞台に起用され、期待に応える結果を残したことは、まぎれもなく実力の証だろう。「まぐれでできた、と思っている人がきっと多いと思う。そうではないということを、今シーズンの自分のプレーで証明しなければならない」。そういい切る度胸のよさも心強い。

東海大学から加入して2季目で臨んだ、初年度のリーグワン。本来の持ち場であるCTBはマイケル・リトルやマット・ヴァエガら主軸の外国人選手が君臨するポジションとあって序盤戦はなかなか出場機会をつかめなかったが、4月2日のリーグ戦第9節マツダスカイアクティブズ広島戦で待望のデビューを果たす。ダイナボアーズでの初の公式戦で13番を背負って先発し、前半15分にはトライもマークした。

「シーズン最初の頃はそもそも実力が足りていなかったし、準備の段階でアピールもできていませんでした。ただ広島戦の前にあった練習試合で調子がよくて、コーチ陣からいい評価をしてもらった。自分の中でも手応えがありました」

以降、リーグ戦と順位決定戦、入替戦を合わせて5試合に出場(2先発)。ディビジョン1昇格の歓喜もフィールド上で味わうなど、実質1年目のシーズンとしては十分評価できる成績を残した。もっとも自身の評価は「もっとやれたと思う」と辛口だ。

「自分の中ではディビジョン1でどれだけ活躍できるかが大事だと思っていますし、そこで活躍できなければ、目標である日本代表にも届かない。高校や大学時代に試合をした同年代の選手たちが日本代表に選ばれているのを見て、すごく悔しかった。まだ、満足はしていません」

この飽くなき向上心こそは、プレーヤーとしての杉浦の大きな魅力といえるかもしれない。プロ野球選手を目指して小学生時代から硬式野球のクラブチームに通い、千歳中学では「父と先輩に勧められて」ラグビー部にも入部。当初は平日にラグビー、週末は野球という生活を送っていたが、「だんだんラグビーのほうがおもしろくなって」、中学1年の夏からはラグビー一本に専念した。1学年上の先輩である山菅一史(現横浜キヤノンイーグルス)の背中を追って進学した東京高校では、3年時に春の全国選抜大会でベスト4、冬の花園では同校史上初となる準々決勝進出を果たしている。

さらに東海大学で全国から集まってくる選りすぐりの精鋭たちに囲まれ、貪欲に上を目指す姿勢はいっそう磨かれた。

「中学時代は何よりラグビーが楽しかった。高校ではラグビーの原理原則とともに、気持ちを強く持つことの大切さを学びました。大学は100人以上の部員の中で、自分よりすごい選手がたくさんいた。その人たちに挑んでいって、そのレベルまで達しなければ、試合には出られない。そういう環境で力が引き上げられたと感じます」

2021年4月よりダイナボアーズの一員になってからは、学生と社会人のラグビーの違いを身をもって体感した。プレーの強度とその中で求められるフィットネスは、予想していたとはいえやはり別格のレベルだった。とりわけ大きな差を味わったのが、リーグワン開幕前の2021年12月末に行われた埼玉パナソニックワイルドナイツとのトレーニングマッチだ。

「一つひとつのプレーや判断が早いし、クオリティが高い。僕が出た試合、相手はメンバーを落としていたのですが、それでもレベルがひとつ違うと感じました」

戦いのステージがディビジョン1に上がる2022-2023シーズンは、そのクラスの相手とのゲームが半年にわたって毎週のように続くことになる。ダイナボアーズにとって昨季よりはるかに厳しい日々になるのは間違いない。一方で杉浦は、その環境を歓迎する。

「何がどれくらい通用して、どれくらい通用しないかがはっきりとわかると思う。それを知ることによって新たに高い目標ができるのは、選手としてすごくうれしいことです。今度のシーズンは、チームにとっても自分にとっても、重要な1年になると思っています」

チームのディフェンス力を飛躍的に向上させたグレン・ディレーニーがアシスタントからヘッドコーチに昇格し、長年クラブの顔として活躍してきたマイケル・リトルがコベルコ神戸スティーラーズへ移籍するなど、このオフはダイナボアーズにとって大きな変化があった。リトルの抜けた穴はいうまでもなく大きいが、同じポジションの杉浦にとっては、レギュラー奪取のまたとないチャンスだ。当然ながら本人にも、その自覚はある。

「マイキー(リトル)やスレイドがこれまでチームを支えてきたのは事実ですし、マイキーのようなプレーを僕ができるかといえば、それは難しい。でも彼らに頼らなくてもいいくらいのプレーを自分たちができれば、そんなことは関係なくなる。誰がいたから勝てた、誰がいなくなったから負けたではなく、チーム全体で勝つことが大事。その中で自分が試合に出られたら最高ですし、神戸との試合でマイキーを(タックルで)ひっくり返したら、おもしろいだろうなと思いますね」

2年目のリーグワンは、12月17日に開幕する。秩父宮ラグビー場での初戦で対峙するのは、リコーブラックラムズ東京だ。どんなシーズンにしたいかと問えば、こう答えが返ってきた。

「勝利に貪欲なシーズンにしたいと思っています。目の前の1試合1試合に対して、どれだけ貪欲に臨めるか。現時点では、上位4チームとはまだ力の差がある。でもシーズンを通して成長していって、終盤戦では上位勢に対していいパフォーマンスを出せるようにしたい。そのために、やるべきことを日々積み重ねていくことが重要だと思っています」

今が伸び盛りの24歳。目指すは桜のジャージーをまとってテストマッチのフィールドに立つことだ。そのために、杉浦拓実は毎日をハングリーに生きる。

Published: 2022.10.14
(取材・文:直江光信)