#046 武者 大輔『鋭利なる決意。』

劇薬。わずかな量でも激しい作用を引き起こし、ともすれば生命にかかわるような影響をも及ぼす。そんな男が、この春、ダイナボアーズにやってきた。

武者大輔、29歳。ポジションはフランカー。あらゆる妥協を拒絶するストイックな姿勢でチームに芯を通し、タックルで、ブレイクダウンで、これでもかと体を張り続ける。肉体的にも、精神的にも、チームメイトにも、観戦者にも、鮮烈なインパクトをもたらす活力の塊のようなプレーヤーだ。

昨シーズンまで所属したリコーブラックラムズでは、ゲームキャプテンも務めるほどのまさに中軸だった。それだけに今回の移籍は、多くのラグビーファンに小さくはない驚きをもって受け止められた。クラブの顔だった男は、なぜこの年齢、このタイミングで、移籍を決断したのか。

「大前提として、日本代表になりたいという目標がありました。そのために、一昨年のシーズン終了後にプロ選手になった。『これだけやったから日本代表になれた』となるか、『これだけやって日本代表になれなかったらしょうがない』となるかはわかりませんが、引退する時に後悔せず終わるために、プロになったんです。その延長線上で、今はまだ届いていない日本代表になるためにと考えた時、新しい環境、厳しい環境に身を置くことで、何かを変えられるかもしれないな、と。純粋に日本代表になりたい、そのチャンスをつかむために、チャレンジしようと決断しました」

数ある選択肢の中でダイナボアーズを移籍先に選んだのは、初めてチームを移る自分と、12年ぶりにトップリーグに復帰したクラブの立ち位置が、「新たなステージにチャレンジする」という点で重なって感じられたからだ。過去の歴史が示すように、昇格したばかりのチームには想像を越える厳しい戦いが待っている。そしてそんな環境だからこそ、自分の強みを存分に発揮できる――という思いもあった。

「トップリーグのトップ4と今の重工を比べれば大きな差があるし、上がったばかりのチームにとって、トップリーグを戦う中で楽な試合なんて絶対にひとつもないと思います。おそらくどのゲームもディフェンスの時間が長くなると想定される中で、そうなれば必然的に、僕の持ち味であるタックルやボールへの絡みをアピールする機会も多くなるな、と」

初めての移籍だけに、新たな環境で一からスタートすることについて多少の不安はあったというが、同じ東北出身者が多いこともあって「練習したらすぐに打ち解けました」。グラウンドやジムでトレーニングを重ねることで、このチームにポテンシャルがあることも実感できた。一方で、ともに過ごす時間が長くなるにつれて、現在のダイナボアーズが抱える課題も見えてきた。

「過去の入替戦を見ていて、後半の大事な時間帯に走れなくなったり、規律を守れなくなって自滅したり、能力はあるけど厳しさが足りないチーム、というイメージがありました。実際に来てみて、やっぱり甘いところが多かった。ラグビーもそうですし、日常生活でもいろいろなところに甘さが出ている。そこを直していけば、もっともっといいチームになると感じています」

4月1日に合流した時、まっ先に気になったのは、ロッカールームが散らかっていたことだ。すぐにスタッフや選手に直言。一時的に改善されたが、ひと月が経つ頃にはふたたび元の状態に戻ってしまった。何より、それをなあなあで済ませてしまうような雰囲気が、納得できなかった。

そうしたグラウンド外の部分の振る舞いがグラウンド上のパフォーマンスに直結することは、リコー時代に痛感した教訓だった。2015-2016シーズンのトップリーグで13位と低迷したチームは、沈滞する状況を打開すべく、ロッカーや道具の使い方からプライドを持って取り組むよう変革に着手する。その結果、翌シーズンにはクラブ史上最高となる6位の好成績を残した。

「そうした細かい部分で、当たり前のことを当たり前にやるのが一番大事。それができてこそ、グラウンドでも細かい規律を守れるチームになる。トップ4とそれ以外を比べて何が違うかといえば、結局は厳しい局面で当たり前のことをできるかどうかなんです」

常態化した悪習を容赦なく指摘し、刺激を与えて、停滞する雰囲気を活性化させる。それもまた、移籍選手に期待される役割のひとつだろう。国内最高峰の舞台で峻厳なる勝負の世界を生きてきた者として、みずから範を示す覚悟は、もちろんできている。

「ミーティングでコーチから『何か質問は?』と聞かれても、外国人選手やベテランがたまに質問するくらいで、ほとんど誰も聞こうとしない。それでグラウンドに出てから『あれ、わからない』となっている。わからないことをわからないままにしているのが一番ダメなので、あえて僕がもう一度いってもらうよう質問したりしています。練習のレビューでコーチから『今日は練習の入りが悪かった』といわれることも、いまだに何度もある。そんなことは自分たち次第でいくらでも変えられる。本来コーチはスキルや戦術、戦略を指導するのが仕事で、選手自身がやるべきことをコーチが注意する状況はおかしい。嫌われてもいいという覚悟で厳しいことをいい続けるつもりですし、今のダイナボアーズには、まだまだできることがある。逆にのびしろしかないと思っています」

6月から7月にかけて行われたトップリーグカップは全敗に終わり(トヨタ自動車戦は相手の出場辞退により不戦勝)、厳しい現実を味わった。選手たちはあらためて、トップリーグでひとつの勝利を挙げることの難しさを身にしみて知ったはずだ。もっとも、この段階で自分たちの立ち位置を確認できたことは、幸運だったといえるだろう。勝負のリーグ戦が始まるのは、来年1月。道のりは果てしなく険しいが、この苦汁を糧にチームを立て直す時間は、まだ残されている。

昇格したばかりのチームだから勝てなくても仕方ないなんて思わないし、プロ選手として、すべての試合に本気で勝つというマインドを持って臨むのが当然と思っている。それを、みずからの姿勢とプレーで示したい。

「このチームにはどんなに遠い会場にも来てくれて、勝っても負けても同じように声援をくれるコアなファンがたくさんいる。そうした方々とこのジャージーに対して、恥じないプレーをしなければならない。俺たちはダイナボアーズだ、というプライドを見せられるゲームしなければならないと、すごく思っています」

馴れ合いを許さぬ突き抜けた意志。「戦いに従事する人」という意味の姓を持つこの硬骨漢が、ダイナボアーズを激しく揺り動かす予感はある。

Published: 2019.08.28
(取材・文:直江光信)