#029 成 昂徳『一途に。一心に。』

2017年9月24日。大阪の万博記念競技場。トップチャレンジリーグ第3節の中部電力戦のピッチに、特別な思いを持って臨む男がいた。成昂徳、34歳。2016年12月の練習試合で左足のアキレス腱を断裂し手術、長く辛いリハビリを経て、この日が約9か月ぶりの復帰戦だった。

「ジャージーをもらった時はあまり実感がなかったんですが、リザーブスタートで声をかけられて、グラウンドに飛び出したらもうドキドキで(笑)。ラグビーを始めたばかりの頃のような感じでした。地元の大阪での試合ということで親や嫁さんの家族もみんなかけつけて応援してくれて、我ながら『持ってるな』と(笑)」

高校1年でラグビーを始めて以来、長期間戦列を離れるような大きいケガを負ったのは初めて。折しもトップリーグ昇格をかけた重要な終盤戦を間近に控えるタイミングでの負傷だっただけに、落胆は大きかった。必死に気持ちを切り替え、声を張り上げて士気を鼓舞する盛り上げ役に回ったが、結果的にチームは5年連続の入替戦敗退で昇格を逃す。シーズン最大のミッションを達成できなかった悔しさと、大事な時期に仲間の力になれなかった無念さで、しばらくはやり切れない日々を過ごした。

年齢を考えれば『引退』の二文字がチラついてもおかしくないほどの大ケガだったが、まだまだラグビーをやりたい気持ちが強かったし、やれる自信はあった。幸いチームも自分の力を必要としてくれていた。絶対に復帰して、今度こそダイナボアーズをトップリーグ昇格に導く——。強い意志を持って、懸命にリハビリに取り組んだ。

とはいえ不安はあった。PRというポジション柄、まずはスクラムを組めなければその先のステップもない。手術した足でしっかり組めるのか、この年齢で以前のような押しを取り戻せるのかという懸念は、常にプレッシャーとなって重くのしかかった。

快活なキャラクターが相模原グラウンドに帰ってきたのは、手術から約5か月後の今年5月だった。最初は直線だけの軽いジョギングから始め、少しずつ、本当に少しずつ、トレーニングの強度を高めていく。一度アキレス腱を切った選手は、その後逆足のアキレス腱も切るケースが多い。とりわけ体重が重く、プレー中も強い負荷がかかるポジションだけに、慎重に慎重を期して復帰への道を進んだ。

7月からようやくラグビーのトレーニングにも加われるようになり、8月末にはほぼすべてのメニューをこなせるまでに回復した。練習試合にも出場し、9月第2週、ついに完全復帰。そして翌週の中部電力戦で、2016年11月19日の日野自動車戦以来の公式戦出場を果たした。

復帰までの過程では、リハビリが計画通りに進まなかったり、左足をかばうことで別の部位が痛んだりするなど、紆余曲折もあった。焦りといら立ちにさいなまれ、気が滅入りそうになった時、自分を支えてくれたのが、周囲の仲間やスタッフたちだった。

「本当にたくさんの方々にサポートしていただいて、感謝の気持ちでいっぱいです。まだまだ課題は山積みという感じですが、そういう方々への恩返しという意味でも、まずは三菱のジャージーを着てグラウンドに立てたことをうれしく思っています」

大阪朝高、帝京大とFWにこだわりを持つチームでもまれ、世代屈指のスクラメージャーとして鳴らした。大学卒業後はトップリーグの近鉄で2006年から8シーズンに渡りプレー。そして2014年、31歳になる年に、新たなチャレンジの機会を求めてダイナボアーズに加入した。あっという間にも感じるここまでの4年間を振り返り、感慨をこう口にする。

「1年目は体を張ったプレーを見せないと信頼もされないということで、とにかく必死でした。2年目はチームメイトの性格やプレースタイルもわかってきて、お互いの良さを引き出し合いながら、いい形でシーズンを過ごせたと思います。佐藤(喬輔)監督の1年目でチーム改革に着手して、最後は入替戦でNECに負けましたが僅差でしたし、いい方向に向かっている実感がありました。ただ3年目の昨季はもっと手応えがあったのに、自分がケガをしてしまった。不甲斐ない思いをしたぶん、今シーズンは勝利に貢献して恩返しをしたいという気持ちが強くあります」

国内最高峰リーグの最前線でしのぎを削ってきただけに、勝負にかける思いは並外れて強い。そんな成の目にも、現在のダイナボアーズは「戦えるチーム」になってきたと映っている。

「1年目からトップリーグ昇格を目標にしていましたが、当初は戦えるかどうか不安がありました。でも今は確実に(トップリーグに)近づいているという手応えがあります。今年はさらに強力な新加入選手もたくさん加わった。ひとつにまとまれば、大きな力になると思います」

チームはトップチャレンジリーグのファーストステージを5勝2敗の3位で終えた。台風接近の悪天候の中で日野自動車に痛恨の黒星を喫し、Honda戦では自分たちのエラーから後半突き放されるなど、課題の残る部分はまだ多いが、もどかしい戦いが続いた前半戦から少しずつ調子を取り戻し、6戦目の九州電力戦では昨季のトップチャレンジで苦杯を味わった因縁の相手に45−10で快勝するなど、ここに来て急速に変貌を遂げつつある。12月10日から始まるセカンドステージで、勝負をかけられる集団になってきたのは確かだ。

ここから迎える本当の正念場を戦い抜き、悲願のトップリーグ昇格を勝ち取るために必要なのは何なのか。その答えを、成はこう話す。

「ひと言で言えば最後の詰めが甘い。その原因が何かといえば、ホンマに小さなミス、細かいコミュニケーションミスなんです。スキルに差はないし、問題はプレー中の修正能力があるかないか。それができれば、トントン拍子で上がっていくと思う。あとは移籍組や外国人選手に頼ってしまう部分があるので、一人ひとりが危機感を持って、しっかりと自分の仕事をやり切ることが大事」

明るい性格と抜群のユーモアセンスで、チーム内ではムードメーカーとしても重要な役割を担う。「真面目な選手が多いから、オンとオフの切り替えができないところがある。ただその真面目さがよそにはない長所でもあるので、いい方向に持っていければと思っています」。グラウンド内外での一体感がチームの力につながること、そしてその方法は、熟知している。

ケガから復帰する過程であらためて実感したのは『一途一新』、ひとつのことを脇目も振らずひたむきにやり切ることの大切さだ。それができれば、クラブの宿願であるトップリーグ昇格を必ず成し遂げられる。その手応えは、十分ある。

Published: 2017.12.14
(取材・文:直江光信)