#012 村上 卓史『躍進のルーキー。』

先発こそなかったものの、入社1年目にして公式戦の全試合でメンバー入りを果たしたのだから、堂々たる成績と言っていいだろう。とりわけフロントローは経験が重要とされるポジションだけに、その価値は大きい。

想像していたよりもずっと多くのチャンスと収穫を手にしたルーキーイヤー。シーズンを終えた今、村上卓史はこの1年をこう振り返る。

「始まってから終わるまで、本当にあっという間でした。全試合メンバー入りとはいっても出場時間で見れば全然少ないので、正直『もうちょっと出たかったな』という気持ちはあります。ただ、1年目は厳しいと思っていましたし、使ってもらえてありがたかった。入替戦ではトップリーグのチームとやる機会もあって、本当にいい経験になりました。すごく自分の力になったと思います」

飛躍の理由をたずねると、気鋭のプロップは「スクラムを強化できたこと」と語った。きっかけとなったのは、入社直後の昨年6月に行われたヤマハ発動機とのオープン戦だ。トップリーグでも特にセットプレーに対して強いこだわりを持つ強豪との実戦で後半途中から出場し、スクラムで文字通り圧倒された。「あれで、スクラムって大事だな、とあらためて認識できたんです」。そこから藤田幸仁、成昂徳、佐々木駿ら先輩プロップ陣の中でもまれ、多くを吸収することで、着実に地力をつけていった。

「もともとはタックルなどが好きで、スクラムはあまり自信がありませんでした。でも今は、その部分で変わったという実感があります。学生と社会人では、パワーも体格もまったく違う。社会人ラグビーの中でスクラムを組む経験を積むことで、低く、強く組めるようになったと思います」

179センチ、110キロの頑健な身体の地金は、中学までやっていた柔道で鍛え、磨かれた。近所の幼なじみの父が荒尾高校の徳井清明監督だった縁もあり、誘われて同校でラグビーを始める。ポジションは高校2年以来プロップ一筋。ちなみに荒尾時代の1学年上には、今季国内2冠を達成したサントリーのスキッパー流大や、現ヤマハ発動機の清原祥らがいた。

進学した東洋大学では高野貴司監督の下で関東リーグ戦1部昇格を目指し奮闘、右肩上がりに毎年順位を上げたが、上位の厚い壁はついに崩せなかった。ラグビーへの思いは強く、社会人チームで続ける道を探して就職活動を行っていると、ダイナボアーズの採用担当者から「ウチでやってみないか」の声がかかる。時は学生最後のシーズンの開幕を間近に控えた大学4年の夏。ギリギリのタイミングで届いた、まさに吉報だった。

「高野監督と喬輔さん(佐藤監督)が早稲田の先輩後輩という関係で、事務局の松永武仁さんが東洋大出身ということもあって、リクルートの方が試合を見に来てくださったんです。トップリーグを目指している強いチームから誘われて、うれしかった。迷わず決めました」

ダイナボアーズに加入してまず感じたのは、チーム全体のフレンドリーな雰囲気だった。「どの先輩にも優しく、親身に接してもらって。僕ら若い選手にとってはすごくありがたかった」。ラグビーに関してはパワーの差、特に外国人選手の強烈なインパクトと推進力に衝撃を受けたが、春シーズンからコンスタントに出場機会をつかみ、トップイースト開幕戦で晴れてリザーブ入りを果たす。

「初戦の日本IBM戦でメンバーに選ばれた時は、びっくりしました。ムチャクチャ緊張したし、ガッチガチでしたね(笑)。でも3戦目のセコム戦は後半のスタートから40分プレーして、ディフェンスで持ち味を出せたし、スクラムも押せた。そのあたりからです。自分でも少しずつ、『やれるかもしれない』と感じるようになったのは」

BKの展開力を軸にしたランニングラグビーが持ち味のダイナボアーズにとって、FWの強化はもっとも重要なテーマのひとつであり、中でもスクラムの安定は長年の課題だった。その点で元日本代表のフッカー安江祥光やスーパーラグビーのレッズで活躍したプロップのアルバート・アナエが加入し、セットプレーの安定感が飛躍的に向上したことは、チームにとって大きなプラス材料だった。そして、そうしたトップクラスのフロントローとのプレーは、新人プロップにもまた小さくない影響を与えた。

「安江さんは経験豊富でいろんな組み方を知っていて、相手によって対応しながら、ここという場面で気合を入れてくれる。アルビー(アナエ)もそれに応えてすごい集中力を発揮していた。勉強になりますし、やっていて『身についてきたな』と感じました。チームの中でもスクラムへの意識が高くなって、『ここは絶対に押すぞ』という空気が出てくるようになった。スクラムに関しては、本当にこの1年で大きく成長できたと思います。課題はフィットネス。駿さん(佐々木)などスタメンで出ている方は、スクラムだけでなくフィットネスもあって、80分間通してパフォーマンスを発揮できる。ここはもっと高めなければと思っています」

個人的には充実の日々を送った1年目のシーズン。その反面、チームはトップチャレンジ、入替戦とあと一歩で勝利に届かず、またしても悲願のトップリーグ昇格は果たせなかった。

「NTTドコモ戦、豊田自動織機戦とも、大きな差はなかったと思います。ただ、自分たちのミスでチャンスに点を取れなくて、それが最後まで響いた。力を出し切れずに負けてしまったという印象です」

入替戦での敗戦はこれで5年連続。この分厚い壁を乗り越えるために必要なものは、何なのか。グラウンドで悔しさを味わったルーキーは、その時感じた印象をこう話す。

「今年は『ブレイクスルー』、いろいろな面で壁を越えるというテーマを掲げてやってきたのですが、まだ気持ちが足りなかったのかな、と。あの接戦で勝てなかったのは、『絶対に勝つ』という気持ちの部分で差があったのだと思います。来シーズンはもっと全員で気持ちをひとつにして、最後までやり抜くことを大事にしたい」

その入替戦では、アウェーでの試合にもかかわらず多くのサポーターがスタンドを埋め、まるでホームのような雰囲気で最後までチームを後押ししてくれた。どんな時も熱く応援してくれる多くのファンのためにも、来シーズンこそ必ずトップリーグ昇格を勝ち取ると心に誓う。

「グラウンドに立つだけで背中に伝わってくるものがありましたし、大きな力をもらいました。それだけに、今回また悔しい思いをさせてしまって申し訳ない気持ちでいっぱいです。来年は必ずトップリーグ昇格という形でみなさんの声援に応えられるようがんばりますので、ぜひまたあの応援をお願いしたいですね」

来季はトップチャレンジリーグという新たな戦いが始まる。この一年の取り組みで、厳しい環境に挑むための土台はできた。今度はその上に太く揺るぎない柱を立て、さらなる飛躍を果たしたい。

Published: 2017.03.06
(取材・文:直江光信)