PROJECT STORY

プロジェクトストーリー
[ITS]

三菱重工のICTが生み出した、
世界最先端のシンガポール道路交通システム。

INTRODUCTION

経済が成長すれば、自動車の通行量も増えていく。その結果、交通渋滞が起きてしまう。 それは経済的な損失につながり、放置しておくと成長を鈍化させるブレーキになりかねない。 この問題を最先端の技術で解決しようと、積極的な取り組みを行ってきたのがシンガポールだ。 無線通信方式の道路課金システムに続き、現在、世界初となる衛星位置測位方式次世代システムへの移行が進んでいる。

 シンガポールは国土が狭い都市国家という宿命から、1970年代にはすでに交通渋滞が問題になり始めていた。このため1975年にはALS(Area License Scheme)と呼ばれる道路課金制度を導入している。
「ラッシュ時に課金するよう設定されていて、当時は、市内中心部を走行したい人は事前に支払い、その証明であるステッカーをフロントウインドーに貼り、それを取締官が目視でチェックし、違反車があれば取り締まるという方式でした」
 そう解説するのは、高度道路交通システム(ITS)の開発を長く手掛けてきた早川祥史だ。シンガポールのプロジェクトに入社以来、携わっている。
「ALSは一定の効果を生み、同じような問題を抱えている国からも注目されました。しかし人がチェックする方式では手間が掛かるうえ、見逃しも少なくありません。そこで、路車間通信を使って自動的にチェックするシステムを導入できないかという話が持ち上がり、1992年に開発が始まったのです」
 この開発に、当初、技術者たちは困惑したという。なぜなら、技術的に共通点の多い電子料金収受システム(ETC)が日本で導入されたのは2000年以降であり、このころは、まだ先行研究の段階に過ぎない。それにも関わらず、シンガポール陸上交通庁(LTA)が求めてきたレベルがあまりにも高かったからだ。

「要求仕様では信頼性は99.999パーセント。つまりエラーが起きる確率は10万台に1台以下にしなければならなかったのです」
 それでも、ITSの開発に早くから取り組んできた三菱重工グループでは通信技術に関しても独自の成果をあげており、試作品を完成させて1994年からのシステムトライアルに臨んだ。
 早川は語る。
「事業者の決定は国際入札によって行われ、この段階では3チームが残っていました。道路を跨ぐようなガントリー(門)の上部に設置した通信機と車載器とのあいだで課金情報の認証を行うという大がかりなもので、しかも時速120キロメートルでも要求精度を満たさなければなりません。技術的には厳しい課題でしたが、トライアルの結果、私たちの製品がもっとも好成績を納めることができたのです」
 その結果、正式に受注が決まり、ERP(Electronic Road Pricing)と呼ばれる世界初の電子道路課金システムの導入が始まった。その後、15年以上にわたって安定した運用を続けており、今でも先進的な事例として高い評価を得ている。

衛星による自動車の位置測位と広域通信による次世代ERPへ

 そんなシンガポールで次の動きが始まったのは2010年ごろだ。営業を担当する岸田拓郎はそのプロセスを語った。
「ERPの拡張やメンテナンスなどを通してシンガポール当局とは定期的に情報交換をしていますが、その過程で、もっと多機能の課金システムができないかといった話が出てきました。それまでのようにガントリーを通過した時に認証を行うのではなく、自動車1台1台の位置を把握できればもっときめ細かい課金ができるし、駐車場などの料金収受にも利用できます。さらに高度な通信を行うことでドライバーに向けてさまざまなサービスを提供したいという要望もありました」
 技術的にはGPSのような衛星航法システム(GNSS)によって位置を測位し、さらに、より高度化した広域通信システムを導入すれば可能だ。さっそく社内で検討が行われ、提案に向けての作業が始まった。
「今回の国際入札は2012年に技術評価テストを行って3チームに絞り、その後、トライアルを経て事業者が決まるという方式でした。もちろん価格も評価の対象になるので、技術者と綿密な打ち合わせを行い、性能的にもコスト的にもベストな答えを導いていくのはかなり大変な作業でしたね」

課金だけでなくドライバー向けの総合サービスに対応

 技術的なポイントは大きく2つあった。早川が解説する。
「ひとつはGNSSの位置精度を高めることでした。シンガポールは高いビルが建ち並んでいるため人工衛星からの電波が壁面で反射してしまい、正確な位置検知がしにくいのです。そこで補正するシステムを組み込んだほか、ビルの影響を受けにくい日本の準天頂衛星を併用するなどして、走行中の車線まで分かるようにしたのです」
 そしてもうひとつの課題が通信の高機能化だ。
「前回のERPでは課金情報の送受信のみでしたが、次世代ERPでは交通情報の配信のほかにも近くの空いている駐車場の情報を伝えるといった多様な道路交通アプリケーションへの応用が求められていました。さらに路車間通信や車車間通信といった拡張性の要望に、どう応えたらいいかといった問題に頭を悩ませたのです」
 2012年、次世代ERPの技術評価テストが始まった。ビルの谷間や高架橋の下、トンネル、道路の分岐点と交差点など、あらゆる環境下で位置情報の正確さや通信速度と精度が試される。技術者の早川にとっては気の抜けない日々が始まった。
「設計は日本国内でするものの、テストが始まれば長期出張が続き、一年のほとんどをシンガポールで過ごすこともありました。日本人駐在員も多い国だけに生活はしやすいのですが、技術的な問題が生じればすぐに帰国して対策を進めなければならず、シンガポールと日本を行き来する日々が続きました(笑)」

次世代の技術力でビッグビジネスを創り出す

 一方、営業担当者として、シンガポールに常駐していた岸田は2009年からその役目を務め、テスト途中の2012年に後任と交代した。
「この仕事は営業と技術が一体でなければ進められないので、出張してくる技術者とは長時間一緒に過ごすことになります。幸い、シンガポールにはおいしい店がたくさんあるので打ち合わせの後に食事に行くことも多く、かなり濃厚なつきあいになりますね(笑)」
 そんな一丸となったチームワークで取り組んだ結果、2016年3月、三菱重工グループが次世代ERPの受注者として正式に決まる。早川にとっては重荷が取れた瞬間だ。
「前回のERPから数えると、20年以上にわたってシンガポールの道路交通インフラの構築に関わってきました。それだけに負けられない戦いでしたが、最終的に技術力で勝てたということが何よりもうれしかったですね」

 岸田も喜びを隠せない。
「次世代ERPは全体を管理する中央コンピュータシステム、広域通信システム、約150万台の車載器、不正取締用システムなどが含まれる大規模なビジネスです。これだけの商談をまとめていく醍醐味を味わえる仕事ができたのは、まさに営業冥利に尽きる経験でした。三菱重工グループといえば機械製品の印象が強いかもしれませんが、ICTを含めたシステムソリューションの分野でもこのような実績があることを、もっと多くの学生に知ってほしいですね」
 次世代ERPの導入は2019年から始まる。そしてその成果に世界中の注目が集まっている。

PERSONAL DATA

TAKURO KISHIDA
岸田拓郎

三菱重工機械システム株式会社
ITS営業部
ITS営業課
課長代理
2003年入社
経営学部卒業

YOSHIFUMI HAYAKAWA
早川祥史

ICTソリューション本部
制御技術部
ITS設計課
主席技師
1994年入社
工学研究科電子工学専攻修了

TEAM MHI トップへ戻る