ミドルキャリアトークセッション
ミッションは「人と社会と地球環境のために貢献する」
脱炭素電源として世界で高まる期待に応えたい!
エネルギー自給率が15.3%と低く、海外からの輸入に頼る化石エネルギーが大部分を占める日本では、国民生活や社会・経済活動の根幹となる安価で安定したエネルギー供給が最優先課題とされています。そのうえ近年注目されている地球温暖化など気候変動問題への対応を含め、エネルギー危機に耐え得る強靭なエネルギー需給構造へと転換していく必要性が高まっています。
このような要請のもとで三菱原子燃料は、「人と社会と地球環境のために貢献する」を1971年の創業以来ミッションとして掲げ、豊かな生活を支え続ける安全で高品質・高性能な原子燃料の製造を通じて社会に貢献してまいりました。
持続可能な社会の実現に向けて脱炭素化やエネルギーの安定供給に欠かせない原子燃料事業に取り組んできた先輩社員3名から、これから新たなチャレンジを試みる若者たちに現場からの熱いエールを贈らせていただきます。
PROFILE
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- K.M.
- 総務部
総務課 事務
2011年入社
キャリア採用
-
- I.T.
- 安全・品質保証部
品質管理課 主務
2009年入社
新卒採用
-
- S.K.
- 生産管理部
生産技術課 技師
2008年入社
新卒採用
原子燃料の可能性への関心をきっかけとして
未来に向けて広がる新たな領域への憧れ
―若さに支えられた好奇心と向上心が出発点―
QUESTION 01
入社された時期と当社を志望された動機についてお聞かせください。
[K.M.]
元々は語学を専攻して英語を勉強していましたので、外国役員秘書の対応のため募集があった2009年に、語学力を生かせるということが魅力で派遣社員として入社しました。その後は2011年に正社員として採用となり今日に至っています。
[I.T.]
私は大学で機械工学系を専攻していて色々なメーカーさんでの採用を考えていたのですが、父が原子力に関係していて家からも近かったこと。また原子燃料はニッチな世界で見たこともなく、自分も携わってみたいという気もあり応募しました。2009年に入社してから製造部に配属され最終製品の製造担当を続けて、3年前から今の安全・品質保証部品質管理課でお客様との立ち合い検査の担当をしています。
[S.K.]
私が入社したのは2008年のことです。当時はまだ高校時代で深く考えていなかったのですが、関連会社に勤めていた祖父からの強い薦めがありました。「これから原子力は盛り上がっていくぞ」との紹介を受けたことが、原子燃料を扱う当社に関心を持つ直接のきっかけとなり入社しました。
[K.M.]
そういえば、こないだS.K.さんのお父様が社内イベントのお祭りに来ていたよね。
[S.K.]
そうです、父です。その節はお世話になりました。父は原子力と関連がない別の仕事なのですけどね。
日々の業務に支えられたキャリアの形成
―安定した日常業務のもとでキャリアアップ―
QUESTION 02
入社されてから現在に至るご自身の業務についてご紹介願います。
[K.M.]
正社員としての採用後も役員秘書を担当していましたが会社の体制変更も何度かあり、今は役員秘書としてだけではなく幅広く総務課の広報の仕事も担当しています。広報の主な仕事として社内報への掲載の依頼や取材をしたり、「誰か面白そうな人いない?」と周りに聞いて回ったり。今この席に参加されているお二人も含めて、基本的にすべての部署の社員の方たちと話します。社内広報が主体となりますが、それ以外に自治体などの工場見学への対応とか渉外に近い仕事もしています。
[I.T.]
私は入社した当初は製造現場に配属され10年目くらいまで製造一筋でやってきました。それから中堅となった頃に、国から出された例えば建物を強くしないといけないとかといった新しい規制に適合するよう、会社が工事をしたり設計認可をとる必要が生じ、全く畑は違うのですが設備の設計をしたりロジックを作る業務を担当してきました。最初は現場の人が喜ぶというか楽になるようにという認識で仕事をしてきたのですが、社内でも中堅になると会社に対しどのような貢献ができるかという観点も必要があると思いはじめ、ちょうどそういう仕事が巡ってきたというのが実情です。今は立会検査といって、お客様に発注いただいた成果物(原子燃料)の検査の窓口を担当し、三菱原子燃料というブランドに責任を持つ部署として会社へ信頼感を持ってもらえるようしっかりとアピールする。そして満足していただくことを今は強く意識しているところです。
[S.K.]
私は入社後に製造部の組立課に所属して燃料棒の製造を担当していましたが、3年経ったときに東日本大震災が発生したため、名古屋に4年間出向することになりました。その後はいったん帰省して製造の再開にあたったものの再度一時的な製造停止が生じたために、神戸への2年間の出向を経て5年前に茨城県に戻り組立課の仕事をしていました。3年前から生産技術課に配属され、設備の新規導入や改造だったり、生産技術系の機械・電気関係の技術を学んだりしながら色々な業務に携わっています。
直面した大きな困難のもとでの得難い体験
―東日本大震災への対応を乗り越えて―
QUESTION 03
仕事で遭遇して大変だったエピソードについてお聞かせください。
[I.T.]
一番苦労したのは現場の担当時代ですね。先ほどS.K.の話にもあった東日本大震災が起き、余震も続く状態にあって安全を担保しながら製品を作らなければならない。検査もしなければならない。そうした状況のもと人が介在している現場にあって人の安全を守り、かつ製品の品質を保たなければならないという立場で、いつも以上に現場と緊密に話し合って進めなければいけないということで非常に苦しい思いをしました。その苦しい中で短期間に私たちの工場を立ち上げたわけですが、その際に社員たちのケガも一切なく乗り切ったことで、「僕らはやれるんだな」と現場での一体感という部分でとても得難い体験となりました。
また燃料の輸送容器は揺れにも強いのですが、震災後は一度封を開けて健全性を確認して出荷しなければなりません。そのため入社し初めての2直勤務をしてゴリゴリ検査をするという経験をしました。辛く不規則で苦しい経験でしたが、終わったときは現場の全員と「やりきったね」って握手を交わすような、今振り返っても懐かしい思い出となっています。
[K.M.]
仕事上で日常的に悩んだり、頭を抱えたりするのはしょっちゅうですが、大変な思いというのはあまりないです。周りに相談しながら一つひとつ乗り越えていくと、大変そうに思うことも自信がついて、何かしら突破口が見つかるかなという感じですね。その時は大変だと思っていたとしても、乗り越えたところで大変さもOKになってしまって、大変だった記憶が残っていないのかもしれない(笑)。
[S.K.]
私が大変だったのは神戸への出向中のことで、震災のあと出向先で、特重施設といって原子力発電所の中央制御室をもう1つ外部に作らなければならないという一大プロジェクトに参加させていただいきました。原子力といっても建築関係だったり設備関係だったり、幅広いジャンルの話が飛び交う中で、もう全くの素人が加わって色々と話を聞いて2年もの間。「各課にこういう依頼をしてくれ」とプロジェクトマネージャさんに言われたら、それを伝えに行くという経験をしてきました。全く分からないところで1からスタートという体験は大変だったかなと思っています。
[I.T.]
東日本大震災のときは、S.K.も私たちと同じチームにいて大変な状態だったね。
仕事を通じた自身の再発見の喜びと驚き
―日常の業務を通じた成長への実感―
QUESTION 04
新人時代に思い描いてきたこと、現在に至っての変化があればお聞かせください。
[K.M.]
やはり仕事をするうえで将来に目標を持つことはとても大事なことだと思います。でも会社にいると自分の得意なこととか希望している業務ができるとは限らないですよね。ただ、長く働いているうちに大勢の皆さんと関わり、何を誰とどのようにしていくか。その中で自分の役割とか強みなど、今までに思ってもみなかった面が見つけられることがあるのだということを実感するようになりました。
[I.T.]
まだ若いときに尊敬する先輩の下にたまたま入ることができたときのことですが、基本的に「出来ない、分からない、やれないと言うな」と言われて育ってきました。その頃は山を1つ超えるのが精一杯で、あまり周りが見えていなかったこともあります。それが現在のポジションになると、一連の流れが見えるようになってきて。例えば物で言うと部材があって、組み立てて、それがお客様に出ていくようなこと。自分の役割については目の前の障害をはねのけるとか、綺麗に整頓するだけということでなく、左から右にスムーズに流すためにはどのように調整をして、どういうことをやれば動いてくれるのか、相手が満足してくれるのかといった全体を考えるようになりました。そのあたりが変わったところですかね。
[S.K.]
私も新人の時代は製造の担当で言われたことをひたすら必死にやっていました。まだ当時は現場にずっといると考えていたのですが、出向をして色々と経験させていただき気持ちが変わったこと、「せっかくならもっと上を目指し知識をつけたほうがいい」という上司からの後押しもあり昇進を目指しました。今は生産技術のほうで技術面の勉強をしているところです。新人の頃と比べて「自分で考え自分で行動しなければいけない」ということは、意識して一番重要だと考えていることです。
分からないことはそのままにしない
―1つひとつ考えながら動いてみる―
QUESTION 05
仕事をするうえで大切にしていることや信念は何でしょうか。
[K.M.]
信念と言うほど大それたものではありませんが、私が仕事をするうえで大切にしているのは、とにかく分からないことはそのままにしないことです。私にとって口癖になっていて「それ誰に聞けば分かります?」と、しょっちゅう言っています。もう先輩も後輩も部署も関係なく、人に聞いて分からないことを教えてもらう。そうすると仕事が本当にスムーズに進みますし、自分の理解も深まりますので、とても大切にしています。
[I.T.]
そうですね、もう一歩踏み出すという感じですかね。仕事をしていくうえで分からないことはいっぱいあって、K.Mさんも「分からないことをそのままにしない」と言っている通りで、手を動かしてみるとか足を動かしてみるとか、まず色々と動いてみる。それでも分からないときは「分からないです」と言うのがいいのかなと思って、まずはちょっと動いてみようかなということを心がけています。
[S.K.]
どちらかというと私は設備を見ている立場なので、現場の方々のやりやすいよう、円滑に生産ができる設備を導入できるように日々心がけていています。また、メンテナンスを行うにしてもケガのないように、生産性、製品に傷がつかないような装置を組み込むというところを、一つひとつ考えながら大切にして仕事をしています。
お客様が何を望んでいるのかを考える
―相手が心地よいコミュニケーション術―
QUESTION 06
お客様とのやり取りで心がけていることはありますか。
[K.M.]
お客様との応対で私が心がけ意識していることは、あまり社内とか社外とか関係ないかもしれませんが、たとえば「誰々さんはいますか?」と聞かれた際に「いえ、いません」とイエス・ノーで答えるのではなく「おりませんが、何時ごろ戻ります、何かご用件はございますか」と、お客様が何を望んでいるのかを確認して、最終的にどうあるべきか、物事の背景を考えて対応することを大切にしていますね。昔ですが「誰々さんは出社しているか」と尋ねられ「出社していません」と言うと「その答えは間違っている。何時に出社して、何時からだったら会議ができます」と答えるよう指摘されました。秘書の仕事をしているのなら、そこまで対応できなければダメだということで、何かあったらそのことを思い出すようにしています。
[I.T.]
私の場合は、記録を作成してお客様に説明して満足していただくといった仕事をしていますので、K.M.さんがおっしゃったこととほとんど一緒です。ただ、お客様への提出にあたって私は自分がやるからには付加価値を付けたいなと思って、お客様が記録をチェックするうえでただ記録を出すだけではなく、見てほしいキーポイントが判るように記録を提出することを意識しています。とはいっても、行き過ぎるとお客様の希望から外れる可能性もありますので、距離感を測りながら先方がほしいタイミングでほしい答えを出すことができるよう準備をしています。
製品の検査についてはすべて私たちで行い、記録が基準値に収まっていることをご確認いただいています。例えば中央値と少し異なる値が出た場合、その変異の幅が通常の揺らぎの範囲で収まっていることを確認するためにバックエビデンスを作り溜めています。もし私が風邪で休んでしまった場合に検査できないという状況にならないように、記録をチームで共有しながら対応をしていけるようにということを意識してやっています。
[S.K.]
今の生産技術部に配属されてからいろんな業者さん、商社さんと関わることが増えてきました。その中で仕事の出来というところも大事ですが、人と人との関わりが大切かなと感じています。そのため、相手に不快感を与えないことを意識して、自分も同様に対応をしてもらうようなコミュニケーションを大事にしています。そのような関係ができれば、お互いやりやすい仕事ができるのではないか。やはり人と人との関わりが一番大事だと思いながら日々の業務に励んでいます。
後輩へのアドバイスと声がけのポイントは
―何より大事にしたい人と人とのつながり―
QUESTION 07
後輩へのアドバイスや声がけをする際に意識することはありますか。
[K.M.]
お先にどうぞ(笑)。
[I.T.]
私は東海村に近い港町が出身でちょっと言葉遣いが荒いのですよ。もう毎回社内でも怒られるんですけど(笑)、だけど思ったことは全部言って感じ取ってもらおうと、逆にフランクに喋るようにしています。ただうちの会社は人と人とが繋がって物事が動いていく会社なので、現場を大事にしたいなという気持ちだけは忘れないようにしています。
新人教育について変えるべきだという指導は受けていて、変えるべきだと自分でも思っているのですが、果たして彼らにとって、それはいいことなのか?と思うんですよ。これから彼らは大きな山を登っていく場面や乗り越えないといけない壁があると思っていて、優しい言葉で伝えるだけでは、全部許されていると勘違いしてしまうし、決してそうではないこともある。私自身が厳しい教育を受けてきたので、怒られたときは凄く嫌な思いになるし苦しいのはわかるけれど、怒られたからこそ「こういう対応が間違っていたのか」と彼ら自身が考えるタイミングにはなるはずです。これは自己肯定感も込めて言っています(笑)。
[S.K.]
後輩との接し方ではI.T.さんも言ったように、私も一生懸命にやっている先輩の背中を見て、ついていかなければならないと思う世代だったので、後輩たちにもそうなって欲しいと思っています。例えば後輩から「設備のここがおかしいです」と言われたら私だったら飛んで行って直します。こういった背中を見て後輩も私についてきてほしいと思うところもありますが、やはり世代により考え方が変わってくるところがあります。そのため、強い言葉はなるべく抑えながらも、間違ったことはちゃんと理解してきちんと行動してもらえるように、最近は言うべきことはしっかり言うように心がけています。
[K.M.]
後輩と接するうえでは単にコミュニケーションを取るだけでなく、相手がどんな課題を抱えていて、何を求めているのかを理解したうえでサポートすることを意識しています。私も若かった頃に出会い、そうしてくれた先輩がありがたかったのですよ。自分もそういう風になりたいし、完璧ではなくても相手の立場を思いやれる人になれたらいいと思います。
[I.T.]
自分らに[K.M.]みたいな指導はできてねーなと思っちゃいました。
[K.M.]
ないでしょ、知ってる(笑)
将来やりたいこと 実現したい夢とは
―会社を舞台に自らの最善を尽くす―
QUESTION 08
会社で実現したいこと、思い描いている夢についてお話をお願いします。
[K.M.]
私は総務部に所属するとともに、役員秘書の職務も兼務していますので、いろんな視点から物事を見ていかなければいけないと心がけています。ですから現場のことはもっと知りたいですし、様々な社員の人たちの立場を理解しながら、総務としては会社全体をより良くしていきたいと思っています。
[I.T.]
先ほど私は尊敬する先輩がいると言いましたが、その状況に甘えていてはいけないと今は思っています。その先輩の直属の部下につくのが一番楽なポジションですが、動きやすいけどあまり面白くないなと今は感じているのですね。若い頃は自分がその先輩になりたかった。その先輩に成り代わってみんなを引っ張っていきたいと思っていましたが、能力が足りないということもありますが、その先輩とは違った立場で今は別の部署で動いている。その中で私としては、その先輩がいて、私がいて、他にも周りに人がいて、会社として大きなチームでワイワイやっていきたいと思っています。何か課題があった時、皆で沢山話し合って、皆で方向を一つに決めてやっていくことはあまり生産性がないのですが、小さな会社なので、そういうことが逆に強みになるのではないかと。そんな会社になったらいいな、その一員になれたらいいなと今思っています。
[S.K.]
私としては今後新しい装置を導入していくうえで、皆が使いやすいもので、生産性を向上して会社に貢献できるような設備を、自分で考えて自分で導入するところまでをやってみたいです。今はチームの先輩に教えてもらいながらやっている部分があるので、もっと一人前になって、自分で一から考えてプロジェクトとして提案して実行できるようになれたらいいと思っています。