データセンター革命の最前線で──「世界を幸せにする」ものづくりへの信念
※記載内容は2025年6月時点のものです
さまざまな企業で経験を積み、2024年に入社した小寺 泰司。三菱重工とは入社前から縁があり、立場に関係なく一緒にいいものを作ろうとする姿勢に魅力を感じていたと語ります。「三菱重工だからできるものづくりで世界に幸せを届けたい」と述べる小寺のこれまでのあゆみや三菱重工に対する想いに迫ります。
「総合力」で挑むデータセンター革命──三菱重工・成長推進室が描く持続可能な未来
三菱重工業株式会社(以下、三菱重工)の成長推進室データセンター&エネルギーマネジメント部で主席部員を務める小寺。世界中で増加するデータセンターのエネルギー効率化という課題に、三菱重工の総合力を活かして取り組んでいます。
「当部署は、データセンターのお客さまを中心にサービスを提供しています。データセンターは膨大なエネルギーを消費する設備ですので、いかに効率よく、無駄のない運営ができるかがお客さまそれぞれのビジネス課題であり、地球全体における課題でもあります。
三菱重工の特徴はデータセンター運用設備からCO2排出量の少ないエネルギー源の供給まで、幅広い分野においてワンストップで対応できる点です」
小寺は事業開発グループで、とくにアメリカ市場におけるビジネス開発を担当。お客さまのニーズを把握し、社内の各事業会社や協力会社と連携しながら、最適なソリューションを提案しています。
「前職でアメリカの空調機器メーカーに在籍していたことから、当時の知識を活かしてアメリカ市場に向けた業務を行っています。基本的にはお客さまとの出会いを作り、ご相談に乗らせていただいて具体的な案件になるものがあれば受注に向けてプロポーザルをリーディングしていきます。
多種多様な技術製品が関わることが予想されますので、グループ内外のさまざまな関連会社にも協力を得てお客さまへの提案活動を進めていきます」
仕事を進める上で大切にしているのは、まず自分で仮説を立てること。その仮説をもとに関係者と意見を交わしながら、よりよいソリューションを作り上げていきます。
「多様なステークホルダーからのご協力がなければこの仕事は成立しません。ただ、皆さんの力を発揮していただくためには、まず叩き台となる考えを自分が持たないといけないと思います。
そこでまずは自分で仮説を立ててみて、皆さんにご意見を伺いながらそれを修正していく。その上で皆さんのご理解をいただきながら、専門的な知識や経験、製品技術をうまくコーディネートするように心がけています」
多くのステークホルダーと関わる中で、小寺がもっとも重視しているのは、できることとできないことを明確に伝えることです。
「三菱重工は日本を代表するメーカーですから、お客さまに期待外れな思いをさせるのはよくありません。しかし、お客さまの要望と三菱重工が今ご提供できることは必ずしもイコールとは限りません。
そういう時はギャップを明確にした上で、『今後こういうふうに対応させてください』と、責任を持って提案させていただくことを大切にしています」
8年連続トップセールスが見つけた「限界」。総合力によるより大きな価値創造を求めて
小寺は、大手損保会社での法人営業を皮切りに、4社でキャリアを積んできました。最初の損保会社では、新入社員でありながら大口顧客の保険を担当するなど充実した日々を送っていたと言います。
「一方で損保会社は料率基準がすべて決められており、なかなか違いが出せないという点に物足りなさを感じるように。自分で全部ゼロから商品を作って売りたいと考え、地元・愛媛県の広告企画会社に転職しました。
広告企画会社では、小さな仕事から着実にステップアップしていきました。初めて受注した仕事は喫茶店のポップ作りでしたね。最終的には国土交通省や地方自治体のイベント、広報物も任せていただけるようになりました」
その後、お客さまの1つである鉄工所への転職を決意します。当時、その鉄工所は経営再建の真っ最中でした。
「私が入社すれば、今かかっている間接費が不要になると考えたんです。両親の地元でもある愛媛県の産業史上重要な鉄工所だったので、『同じ給料さえ払っていただければ来ます』と伝え、移籍を決意しました」
45人の従業員のうち半数以上が60歳以上、30年間新卒採用がないという状況での着任でした。
「社長からは営業力を期待されて『とにかく売れてないから売ってくれ』と言われましたが、現場を見てみると課題が山積みで、これは営業できる状態ではないと感じました。そこで営業は後回しに、工場の環境改善や採用活動などにも取り組みました。
また、実は三菱重工との縁もこの鉄工所から始まっていたんです。ここでしているものづくりは数十年前に三菱重工三原製作所から教わったものでした」
5年間の在籍を経て、アメリカ空調機器メーカーへの転職。この会社は、以前勤めていた鉄工所とほぼ同時期に同じ事業を始めた会社でした。
「鉄工所での経営再建で一定の成果は出したものの、まだ自分に足りないものを感じていました。同じ事業でアメリカの会社が世界一になっているのなら、どんなことをやっているのか見に行ってみようと思い、転職を決意。
アメリカの企業はいろんなことが合理的で驚きましたね。とくに教育面が整っていて、わかりやすい資料の数々に感動しました」
9年間の在籍中、8年はトップセールスとして活躍。しかし、データセンター事業が日本で本格化する中で、新たな決断を下します。
「単一製品のメーカーの営業の立場では、お客さまのソリューションには間に合わないと思ったんです。より総合的で強い組織、豊富な製品開発能力と経験が必要だと判断しました。以前お客さまとして関わっていた三菱重工なら発電所も手がけており、それが実現できると思いました」
世界中の情報がスピーディーに集まる環境。「エキサイティング」な仕事への情熱
2024年11月に入社した小寺。入社前から三菱重工との親交があった中で、実際に入社してみてどのような印象を受けたのでしょうか。
「転職した際に、10年前までお客さまとして関わっていた三菱重工の社員に連絡をとってみたら、わざわざ会いにきてくださって。三菱重工の温かい人間関係は変わらないと感じました。
一方で、大きな組織として急激な経済環境の変化にさらされており、これまでの先人が培ってきたものづくりや歴史が新たな価値を生むべき時が来ていることも感じました」
成長推進室でとくに印象深かった出来事については、以下のように語ります。
「11月1日に入社して、早速歓迎会を開いてくれました。そこで上司と会話した際、『アメリカに一緒に行かないか』と声をかけていただき、私も一つ返事で『はい』と答えたんです。すると翌週には『この飛行機を抑えたから』とメールが来て(笑)。
まだ出張申請書の書き方も経費精算の方法もわからない状態でしたが、同僚の皆さんにご支援いただき、入社から2週間後にはアメリカへ出張することになりました。
約10日間の出張中は、上司と行動を共にしながら商談の目的なども直接指導を受けました。その2週間後には再度アメリカへの出張が組まれ、入社から2カ月のうちに2度もアメリカ出張を経験させてもらったんです。この時は会社の意思決定と行動の速さ、必要な投資を惜しまない姿勢には本当に驚かされましたね。
また成長推進室にはゼネコンやメーカーなど、多様なバックグラウンドを持つメンバーが集まっていることも刺激的です。それぞれのバックグラウンドを活かしながら工場でものづくりに従事するメンバーの努力や蓄積を、いかにお客さまに届けるかという役割を担っています」
現在の仕事の魅力について、データセンター市場の可能性と三菱重工の総合力を熱く語ります。
「データセンター市場は現在、世界で最大規模のマーケットの1つです。この分野に三菱重工グループの総力を挙げて取り組んでおり、成長推進室が中心的な役割を担っています。成長推進室は経営陣の直轄管理ということもあり意思決定が早く、世界中の情報がスピーディーに入ってきて、それに対して会社が素早く反応・行動できる点が非常にエキサイティングです」
一方で、未経験の分野に挑戦することの難しさも感じています。
「新しい分野なので、トライアンドエラーを重ねながら最適な方法を模索する必要があります。経営層からの期待も大きく、プレッシャーも感じますが、それも含めて楽しいと感じています」
「使う人よし、作る人よし、売る人よし」。世界を幸せにするものづくりへの信念
これまで比較的小規模な企業や日本では知名度の低い外資系企業でキャリアを重ねてきた小寺にとって、三菱重工の知名度は大きなアドバンテージだと語ります。
「三菱重工は多くの方に名の知られた企業です。そのため、お互いに一定の安心感を持った状態で話がスタートできることをとてもありがたく感じています。
ただしその安心感は先人が築いたものであり、これまでの多様な経験で培われたもの。私たちはこれを汚さないように大切に扱っていく必要がありますし、その上にさらなる価値を作っていくんだという気概で業務に向き合う必要があると自戒しています」
そんな小寺が考える三菱重工のものづくりには、3つの重要な要素があります。
「鉄工所時代に三菱重工三原製作所の先輩から教わった言葉を大切にしています。第一に『使う人よし』、使う人のために作るんだ。次には『作る人よし』、作る人がいなければ何も始まらない。そして最後に『売る人よし』、使う人と作る人ちゃんと結んで、そこで初めて商売が成り立つ。
この3つが成り立たなければものづくりは成立しないという考えこそが三菱重工のものづくりの根底だと思っています。この考えを大切にして、世界中の皆さんに三菱重工のものづくりをお届けすることで、もっと世界を幸せにできると信じています」
すでに世界に目を向ける小寺の今後の展望とは。
「2025年にはアメリカ・テキサス州ダラスにデータセンター事業の拠点を設立しました。そのため私もアメリカに赴任し、この拠点のメンバーの1人になるんです。これもまた嵐のようなスピードで決定したことで驚きましたが(笑)、期待以上の成果を出せるように頑張ります」
最後に三菱重工で活躍できる人材について、小寺は次のように語ります。
「どんな分野でもいいので『この点においては自分に自信がある』と思える人が活躍できるのではないかと考えます。その上でそれにこだわりすぎない人でしょうか。
なぜなら、その経験がすぐに価値を生むとは限らないからです。それでも揺らがない自信を持っている人は新しい環境に適応して、必ず価値を生むことができるようになると感じます。
今足りていないことはなんなのか、どうしたら価値が生まれていくのか。そう言ったことに常に頭を巡らせて、三菱重工ブランドを自分たちで作り上げていこうとする人であれば、楽しく仕事ができると思っています」