「会いに行ける黄綬褒章」へ──現場主義の職人が伝える名工への信頼と技術力
※記載内容は2025年12月時点のものです
「会いに行ける黄綬褒章でありたい」と話す航空機製造部 工務課の松本 秀一。航空機や宇宙機器の電装品組立といった経験を活かし、現在は名古屋航空宇宙システム製作所・小牧南工場で教育チーム主任として技能者育成に携わっています。信頼を築く対応力を大切に仕事と向き合う松本が、技能継承の現場で感じるやりがいや使命感を語ります。
信頼を積み上げる教育をめざして。数百人規模の技能社員を支える教育チームの挑戦
三菱重工業株式会社(以下:三菱重工)名古屋航空宇宙システム製作所の小牧南工場で、航空機製造部 工務課の教育チーム主任を務める松本。同部署では防衛関連の航空機に関わる重要な業務を担当しています。
「航空機製造部では、防衛航空機(F-2、F-15戦闘機、SH、UHヘリコプター)の定期修理 、組立などの業務をメインに行っています。現業課とそれをサポートする課に分かれており、総勢千名を超える大きな組織で、実際にものづくりを担当する技能系社員が数百人規模で在籍しています。
私が所属する工務課は比較的限られた人数で構成されています。その中でも教育チームは、管理者と指導を行う講師からなる少数精鋭の体制で、 技能系社員一人ひとりがどんな力量を持っているか、維持できているかというところを管理する力量管理業務をメインで担っています」
教育チームにおける松本自身の業務は、大きく3つの柱があります。
「力量管理は、構造作業、電装作業、艤装作業など5つの職種ごとにA〜C級3段階の難易度に分け、実技と学科両方で技能レベルの認定を行い、誰が何を取得したかを管理するという仕組みです。また、初級訓練に使用する教材作成なども担当しています。
次に、監督職への昇進をめざす技能系社員を対象に『ものづくり塾』と呼ばれる約2カ月半の集中型の教育研修を実施し、塾長として指導しています。『考える技能者』の育成をテーマに、同じものを3回組み立てる中で時間短縮をめざすという課題を通じてロジカルシンキングを養い、実践で活かす訓練を行っています。
最後に、『ものづくりマイスター』という、愛知県職業能力開発協会の依頼を受けて始めた取り組みも約7年前から行っています。愛知県内の工業高校へ出向き、国家技能検定の電子機器組立2級・3級を受験する高校生への実技指導を担当しています」
教育チーム主任として、松本は迅速な対応を心がけています。
「各方面から多くの方々が、さまざまな要望をこちらに上げてくるのですが、その要望に対してすぐに応えることを大切にしています。そうすることで、『この人に言えば、すぐに対応してくれる』という良好な人間関係を作ることができ、こちらからお願いすることもスムーズにできるようになります。
信用や信頼を積み上げるのは時間がかかるものですぐには構築できませんが、逆に信頼を壊すのは一つの出来事でできてしまいます。うまく業務を進めたいと思うからこそ、約束は必ず守るようにするなど、対人関係として基本的なことを徹底することを心がけています」
やれない理由より、どうすればできるか。現場で学んだ諦めない心とシンプルな思考
1991年に三菱重工業に入社した松本は、子どもの頃から抱いていた航空宇宙への憧れを胸に技能訓練生としてスタートを切りました。
「車や飛行機など乗り物全般が好きで、学校の図書館にあった図鑑をよく見ていました。そして、乗り物を自らの手で作るという想いで工業高校へ進学。就職活動では、最初は自動車関連のメーカーなどを考えていましたが、これからの時代は飛行機だと父親からの助言があり、航空系なら三菱だろうと考え当社を選びました」
名古屋航空宇宙システム製作所へ入所し、電子機器課への配属後はさまざまな航空機や宇宙機器に用いられる電装品の組み立てに携わることになります。
「F-4EJ戦闘機の改修工事から始まり、ヘリコプターや、H-IIロケットのワイヤーハーネス製作を担当しました。その後、最も長期間にわたって取り組んだのがH-IIAロケットとH-IIBロケットの電装品組み立てでした。
ロケットの開発段階では、さまざまなトラブルが発生する中、 決まった納期に向けて調整しながら進めることが大変でした。また、カナダでの民間航空機プロジェクトも担当し、難しい状況を経験しました。現地で非常に短期間での作業完了が求められ、また日程調整の余地がない厳しい状況の中、スケジュール通りプロジェクトを完遂させることができた経験は、自分の成長につながったと実感しています」
これらの経験を通じて、松本の仕事に対する姿勢は大きく変化していきます。
「人間は追いつけないような目標を与えられると諦めがちですが、とくにロケット開発の現場ではそれでも追いつかなければならないという状況があります。やれない理由を探すよりも、どうしたら達成できるか方法を考える。そして、困難な状況でも諦めず、物事をシンプルに考えて解決策を見つけ、なんでも積極的に取り組むというポリシーを大事にして進めてきました」
信念を確立し、長年仕事に向き合うようになった松本。この姿勢が、後の黄綬褒章受章につながる基盤となったのです。
最前線の現場から教育の道へ。黄綬褒章受章を経て、後進に背中を見せ続けるという選択
2018年、松本は「愛知の名工」、「現代の名工」として認められます。そして、農業・商業・工業などの業務に精励し、他の模範となるような技術や実績を持つ人に授与される日本の褒章である「黄綬褒章」を受章。しかし、当初は複雑な思いを抱いていたと言います。
「私としては今後も現場で実務を続ける予定だったのですが、現代の名工という称号や黄綬褒章をいただくにあたって、後進の指導をするという新しい役割が求められるようになりました。正直な話、現場での実務からの転身にそんなに乗り気ではなく、もっと現場で自分自身がプレイヤーとして働いていたいという想いもありましたが、受章を機に教育チームへと移り、後進の指導を担うことになりました」
受章に至った成果について振り返ると、個人の力だけではなく、長年にわたる信頼関係の構築が重要だったと語ります。
「納期を守ることを積み重ねていく中で、さまざまな作業や製品を作る仕事において、設計や整備など直接物を作る人だけでなく、上流工程や後工程の人たちとも信頼関係を築くことで仕事がやりやすくなりました。
また、自分だけで何か仕事をしてきたわけではありません。上司や同僚を含めいろんな方のサポートや助けがあったからこそ受章に至ったと思っています。個人でいただいたものではなく、航空機製造部全体でいただいたものだと理解しています」
これまでのキャリアの中で、松本に大きな影響を与えた人物が二人います。
「一人目は、入社して配属直後に出会った電機係の係長です。訓練生時代は学生時代の延長線上のような感覚が抜け切れていなかったのですが、初めて年上の方と交わる中で、公私共に社会人としての基礎となる部分などいろいろなことを教えてもらえました。そのことが今でも心に残っています。
二人目は、カナダでのプロジェクトで出会ったチームリーダーです。当時50代後半という年齢の中でもわれわれを引っ張ってくれ、英語が得意でないのに魂でコミュニケーションを取っていました。状況に応じて必要なコミュニケーションやスキルを使い分け、目標を達成していく姿勢を彼の背中を見て学ばせていただきました」
こうして得られた黄綬褒章受章は、松本個人にとどまらず社内にも影響を与えています。
「小牧南工場で私が最初に黄綬褒章を受章したことで流れが生まれ、これから二人、三人とつながっていく人が徐々に出てくると思っています。私自身も現状に留まらずに新しいことにチャレンジする姿勢を見せつつ、『会いに行けるアイドル』ではないですが、『会いに行ける黄綬褒章』、『話を聞きに行ける黄綬褒章』という存在でいたいと思っています」
暮らしを支えるものづくりのおもしろさと、常にアップデートする学びのカタチ
長年にわたり技能系社員として現場で腕を磨き、現在は教育チームの主任として後進の指導に携わる松本。製造業、とくに防衛・宇宙分野で働く魅力について熱く語ります。
「当社は、一家に一台という製品はあまり多くなく、災害が起きた時に助けに行くヘリコプターだったり、防衛のために使われる戦闘機だったり、そういった日常生活では見えてこないところで活躍する製品を作り、生活の基盤を作っている会社です。
防衛・宇宙製品の製造は、ライン作業がほとんどなく、仕事をしながら腕前を上げられる環境があります。航空機は一見同じように見えますが、装備や配線などが機体仕様により異なります。機械的に作業をするよりも、一つひとつどう作業しようか考えながらものづくりをしたい人には魅力的で、やりがい深い仕事だと思います。
私自身も、これまでのものづくりの経験が、現在の教育の仕事においても大いに役立っています。現場で培った技術や考え方を伝えることで、より実践的で深い理解を促すことができ、生徒たちの成長を支える礎となっています」
今後のチーム作りについて、松本はバランスの重要性を語ります。
「教育という立場では受講される方はお客さまなので、社内のお客さまに対していかに対応するかが重要です。力量を管理するということは、こちらが認めた以上は一定レベルがあることを保証するので、いかに皆さんをそのレベルに持っていけるかが大事です。現場で人を育てる雰囲気を作りつつ、一人称で皆さんが責任を持って自発的に取り組む組織になっていくことをめざして取り組んでいます」
製造業を志す若い人たちへのアドバイスとして、松本は成長への意欲の大切さを強調します。
「自分の限界をここだと決めて、それ以上はやらないという人には向いていない職場だと思います。何歳になっても伸びしろはあると思うんですよ。現状に満足せず、チャンスがあればチャレンジしていく。倒れる時は前のめりではないですが、そんな姿勢で何事にも諦めない気持ちが大切です。
また、どんどん技術革新が進む中で世の中のテクノロジーの進化は追っていった方がいいと思います。私も最近モーションキャプチャーやゲームエンジンのツールを使い始めるなど、40~50代になっても新しいことを吸収しています。いくつになっても伸びしろを諦めないことが重要だと思っています」
最後に、「昨日までの経験を伝えるだけではなく、今日から先の新しい考え方をどんどん取り入れて技能の伝授につなげていきたいと思っています」と今後のビジョンについて締めくくる松本。これからも、同じ道を志す若き技能者たちの指針となって技術を伝えていきます。