20年後の日本に向けて製品を送り出す、戦車事業の責任感と喜び。

※記事内容は取材当時のものです

Mitsubishi Heavy Industries PROJECT STORY
特殊車両

INTRODUCTION

三菱重工の特殊車両事業部で開発・生産している戦車は特殊な製品だ。事業としてのスパンが非常に長く、約20年を一区切りとして計画を立てていかなければならない。もちろんそのためには将来の日本や世界がどうなるかといった未来の予測も必要となる。そしてその計画に基づき技術を蓄積し、正式な開発プロジェクトがスタートしたら世界でも最高性能の製品をつくっていく。責任の重い仕事だけに苦労も多いが、完成した戦車が優れた実力を示せば、国の平和と安全に資する抑止力にもつながるだけに喜びは大きい。そんな戦車の事業に携わる営業とエンジニアの2人のドラマをみてみよう。

 2010年に陸上自衛隊に制式採用された10式戦車、通称ヒトマルは、世界で最も進歩した戦車であることから、現在の主流である戦後第3世代の上を行く唯一の第4世代主力戦車と呼ばれる。最大の特色は、各種能力の向上を図りつつ、小型・軽量化を実現したことにある。それまでの戦車は世代が新しくなるごとに大型になり、主砲の大口径化と防御力の向上を達成するのが開発のセオリーだった。その結果、列国の主力戦車は60トン近い重量になってしまったのだが、これ以上大きくなると、行動や輸送に制限が生じ、運用が難しくなってしまう。そんなことから各国で次世代戦車のコンセプトに迷いをみせていたとき、日本が示した答えは小さくすることだった。
「10式戦車は2002年から防衛庁(現、防衛省)技術研究本部で開発が正式にスタートしましたが、その10年近く前、つまり一世代前の90式戦車の開発が完了したころから、次世代の戦車に必要なさまざまな要素技術の研究が始められました。そして開発にあたり防衛庁から示されたのが、火力・機動力・防護力を向上するとともに、C4I(Command, Control, Communications, Computers & Intelligence)機能を付加し、さらに小型・軽量化、ライフサイクルコストを抑制するという大変厳しい技術課題だったのです」
 そう話すのは戦車など特殊車両の営業で多くの経験をもつ門岡平八だ。
「小型化すると敵から発見されにくくなるというメリットがありますし、日本のように長い海岸線があり、山・川が多い国土をもつ国では、部隊の移動の容易性だけを考えた場合、車体が小さい方が船やトレーラーで運びやすいのでしょう。90式戦車は約50トンあり、輸送が容易とはいえなかったことから、次期主力戦車には大幅な軽量化が望まれたのです」

小型・軽量化という戦車のトレンドに先鞭をつけた10式戦車

 戦車の小型・軽量化という発想はかなり大胆ではあるものの、けっして的外れではない。多くの国は現在でも第4世代主力戦車の開発方針を決めかねているが、日本が10式戦車を採用したことで、少なからず諸外国に影響を与えていることは間違いない。つまり、世界をリードする先進思想ではあったのだが、そのコンセプトを実車として完成させなければならないエンジニアたちにとっては、そこからが苦労の連続だった。
 設計を担当した一瀬秀之が言う。
「小型・軽量化に成功しても性能が低くなってしまっては国土の防衛の役目を果たせませんから、火力・機動力・防護力の全てにおいて90式戦車を上回るスペックが求められました」
 これは「重量=強さ」と考えられてきた戦車の常識を覆す話であり、当然、一瀬たち開発のメンバーは頭を悩ますことになる。しかし、プロジェクトの方向性が決まるのに、それほど時間はかからなかった。

「日本には多様な先進技術があります。例えば、新素材の技術を活かせば小さな車体でも防護力を高めていけますし、ほかにも設計解析技術や電子制御・情報通信などの最先端技術を結集していけば火力や機動力を向上させていける。つまり技術の総合力で今までに例のない新型戦車をつくりだすということです」
 最初に設計を固めていったのが車両全体のシステム構成だった。
「搭載機器の小型化や機器レイアウトを工夫することで90式戦車より6トンも軽い約44トンの重量を実現しました。それでも世界の主要戦車と同じ口径120ミリメートルの主砲を搭載できるので、火力に関しては全く遜色がありません」
 そして次に、その火力をさらに高め、機動力も向上させていく技術が加わっていった。

最高性能のスラローム走行射撃に世界が驚いた

 防衛省では毎年夏、静岡県御殿場市の東富士演習場で富士総合火力演習という公開演習を行っている。その様子はマスコミを通じても報道され、日本の防衛力の高さを示す重要な機会となっているのだが、2012年から演習に登場した10式戦車の性能には海外からも驚きの声が上がった。特に演習で初めて公開されたスラローム走行射撃は、10式戦車にしかできない難易度の高いものだ。会場に足を運んだ門岡は招待された外国の武官たちの驚いた顔を今でも覚えている。
「凹凸のある地面を高速で走りながら何キロも離れた小さな的を撃つのですが、正確に命中させるには車体が上下しても砲身を目標にロックオンし続ける高度な制御システムが必要です。10式戦車では最先端のコンピューター技術と日本だからできる精密な機械設計・加工技術を駆使することで抜群の命中精度を実現できたのです」
 スラローム射撃は10式戦車の優れた走行性能との組み合わせによってさらに大きな力を発揮する。説明するのは一瀬だ。

「三菱重工は長く戦車用のエンジンの開発を手掛けてきましたが、その集大成ともいえるのが10式戦車用の水冷4サイクルV型8気筒ディーゼルエンジンです。この手のものとしては驚異的な小ささでありながら、1200psの高出力を誇ります」
 ちなみに同じ出力のトラック用エンジンと比べた場合、大きさは約半分だという。
「性能が全ての防衛装備品では、それだけの高いレベルが求められるということです。そしてそれこそが、この分野の技術開発における醍醐味でもあるのです」
 駆動系でもう一つ、他国の戦車にはない強みが無段階自動変速機の採用だ。
「簡単にいえば速度段を無段階に変えられ、あらゆる速度域において常に効率のよいエンジン回転数を選択および維持できるため、応答特性に優れ俊敏で非常に高い機動力を発揮できます」
 まさに最先端技術の塊でもある10式戦車は、指揮統制を行うC4Iシステムの搭載により、戦闘力総合化という第4の機能が付与され、戦車相互の情報共有やより高度な作戦の遂行が可能になった。その能力の高さにより、「走るIT戦車」と呼ばれているほどだ。

未来の防衛を見据えて技術を蓄積し、事業を継続していく

 2010年から10式戦車は量産が始まり、2011年以降、順次部隊に配備されていった。開発期間としては10年弱だが、その前の研究・試作まで含めると20年近い長丁場になる。門岡が言う。
「61式→74式→90式→10式と、戦後の日本ではだいたい20年ごとに新しい戦車を開発していることになります。事業としてはこれからも政府の防衛力整備計画にもとづく生産を行っていきますが、並行して次の開発に備えた動きを始めなければなりません」
 今は設計を離れ、企画担当として開発部門全体をみるようになった一瀬も、すでに次を考え始めている。
「これからの時代、どんな戦車をつくればいいのか、どの国も悩み続けている重大な問題です。もしかすると戦車ではなく、全く違うタイプの戦闘車両のほうがいいという結論になるかもしれず、先行きはなかなか読めません」
 戦車とは別に新しいコンセプトで考えられているのが装輪戦闘車両だ。これは大型のタイヤで走る車両で、一般の道路を自走できることから運用性や機動性は戦車を大きく上回っている。
「最近では重くて頑丈な戦車だけでなく、軽くて動きやすい装輪戦闘車両も多くの国で装備されています。日本でも三菱重工が主契約者になって開発が始まっています」
 一瀬はこの分野のエンジニアとしてこう考えている。
「私たちは、将来、日本にとって必要となる技術を研究し、備えていくだけです。それでも防衛装備品の開発は究極の性能を求めていくだけにやりがいがあり、エンジニア冥利に尽きる仕事だと思いますね」
 営業として事業の全体管理を行う門岡も、自分の仕事に誇りと喜びを感じている。
「三菱重工は戦前から脈々と国産の戦車をつくり続けてきた国内で唯一の企業です。従って、これからも国土防衛に貢献する特殊車両の開発を進めるだけでなく、日本の安全保障の一翼を担う防衛技術・生産基盤たるビジネスパートナーを含めたオールジャパンチームを維持し、事業として継続させていかなければなりません。防衛装備品だけでなく、海外にいる邦人が危険にさらされた際に安全に輸送する高い防護性能を有した人員輸送車などの研究開発も進めています。とても責任が重いものの、日本という国を守る、人の命を守るには絶対に必要な仕事です。それだけに誇りと自信をもって続けていきたいですね」

門岡 平八 HEIHACHI KADOOKA

門岡 平八 HEIHACHI KADOOKA

防衛・宇宙ドメイン 特殊車両事業部 営業部 次長 / 1989年入社 / 商学部卒業

一瀬 秀之 HIDEYUKI ICHINOSE

一瀬 秀之 HIDEYUKI ICHINOSE

防衛・宇宙ドメイン 企画管理部 企画課 主席部員 / 1992年入社 / 工学部物質工学科卒業

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