
天然ガスは石油に比べると取り扱いがやっかいな燃料だ。パイプラインで送るにしろ、船で運ぶにしろ、冷却・圧縮しなければ効率が悪い。特に海上輸送の場合は、マイナス162℃にまで冷やして液体にした液化天然ガス(LNG)のかたちでタンカーに積むため、産出地の近くに巨大なプラントを建てなければならない。そのプラントを構成する心臓部の機器の一つが「コンプレッサ」だ。エネルギーを支える技術に携わる彼らは、どんな思いで仕事をしているのか、あるプロジェクトを通してその実態に迫ってみた。
日の丸LNGに1300億円。
2014年11月、日本経済新聞は三菱商事が主導するインドネシアの液化天然ガス(LNG)輸出事業に総額1300億円を超える巨額の融資が決まったことを報じた。しかし、この記事が本当に伝えたかったのは、そんな事務的な話だけではない。「日の丸LNG」という言葉に込められた多くの関係者の熱い思いが、実現に向かってさらなる一歩を踏み出したことを知らせようとしているのである。
「天然ガスの開発と販売は、これまで主に資源国や石油メジャーによって主導されてきました。このため、日本は世界第5位の大消費国でありながら、価格決定に大きな力をもたなかったのです」
こう説明するのは、大型コンプレッサの事業で何度もプロジェクトマネージャーを務めてきた島川司だ。
「日本も自ら主導的立場で資源開発に乗り出すべきだといった考え方は昔からあり、石油や石炭では早くにそういう動きをみせてきましたが、天然ガスではなかなか進まなかったのです。そんな中、インドネシアのプロジェクトは、まさに風穴をあける出来事であり、日の丸LNGを増やしていくきっかけになるかもしれないのです」
そしてこのプロジェクトの心臓部を技術面で支援してきたのが島川たち三菱重工コンプレッサのチームだった。
「日本が主導する開発プロジェクトだからといって日本のコンプレッサメーカーが有利だということはありません。海外にも多くの競合メーカーがいる中、LNGの分野で実績の少ない私たちがサプライヤーに選ばれたのですから、技術と品質の高さを示して期待に応えるしかない。そういう意味では、私たちにとってもこのプロジェクトは新たな挑戦だったのです」
島川たちにとって、そして日本にとっても重大なプロジェクトが本格的にスタートしたのは2011年春のことだった。
「その日はプロジェクトの参画企業の一つであるイタリア(フィレンツェ)の会社に主要メンバーが集まり、キックオフ・ミーティングをしていました。そのとき、日本で大きな地震があったという情報が入り、心配しながら仕事を続けた覚えがあります」
東日本大震災の一報である。
その後、このプロジェクトでも扱うLNGの需要増に伴い日本向け販売価格が上昇する「ジャパンプレミアム」が話題となったのは周知の通りである。
島川のチームで設計を担当してきた吉田悟が引き継ぐ。
「開発計画自体は2008年には始まっていました。しかし、その後、政治的な問題などもあって遅れ、キックオフがこの時期までずれ込んでしまったのです。しかし、それが大震災と重なったのは、その後の日本のLNG事情を考えると不思議な偶然のような気がしますね」
震災後の原子力発電所の停止によって、日本では火力発電向けのLNGの需要が急増した。しかし、ガス田という「蛇口」を押さえられていることから新たな調達に莫大な資金が必要になり、そのことが日本経済の足を引っ張りかねない状況だった。それだけに、日の丸LNGの開発プロジェクトがますます注目されていくことになる。そんな中、吉田たちはコンプレッサの設計を進めた。
「技術的には自信がありました。それまで多く手掛けてきたエチレンプラントに比べてもコンプレッサの設計条件は厳しくなかったので、私たちのもっている超低温材料の技術が適用できました。構造的にも特に新設計となるものはありませんでした」
しかし、それでも初めてのLNG主要機器挑戦だけに、お客様より設計レビューを要求された。
「石油メジャーで天然ガス開発に長く携わってきたベテランエンジニアがコンサルタントに招かれ、デザインレビューが実施されました。すると、学ぶことは多く、私にとって貴重な経験になりましたね」
特に厳しく指導されたのは安全に関することだった。
「エネルギープラントでは事故を防ぐために非常に厳しい安全基準が設けられており、しかも国や地域によって内容が少しずつ変わってきます。もちろん設計もそれに合わせて行わなければならないのですが、私たちにとっては知らないことも多かったのです」
だからこそ実績が重視され、新しいメーカーが参入するのは難しいといわれるこの業界だが、吉田たちは助言者の知恵を借りることで、その問題を一つ一つ解決していったのである。
LNGプラント用コンプレッサの設計において、もう一つ、重視されるのがトラブルを起こさないことだ。
吉田が言う。
「石油でも天然ガスでも、エネルギープラントは1日止めただけで数億円単位の損害が生じますから、一度スイッチを入れたら5年以上ノンストップでの運転を要求されます。回転機械であるコンプレッサにとっては非常に厳しい条件ですが、この課題をクリアできなければ新規参入のチャンスはありません」
海外のメーカーはすでに多くのLNGプラントで実績があり、技術面で信頼があるからこそ売り込みはしやすい。それに対して吉田たちは説得できる材料をもたなかった。
「いくら技術的なバックグラウンドを説明しても操業実績がないと納得してもらえないので、テストを繰り返して信用を勝ち得るしかありませんでした」
明らかに労力がいる開発作業だが、そこまでしてLNGの事業に食い込んでいこうとするのは彼らなりの計画があるからだ。島川が言う。
「私たちがこれまで得意としてきたエチレンプラントや肥料プラントは、石油・天然ガス化学の系統図の中では中流以降にあたるものです。最上流にエネルギープラントがあり、そこで生産された原料を使ってさまざまな化学品がつくられるのですから、必然的に上流ほど市場が大きくなります」
これまで、LNGを含む上流部門への参入は実績・信頼性のハードルが高かったが、今後の事業展開を考えたとき、その分野に挑戦していかなければ未来はない。
「幸い、今の私たちは技術面・品質面では負けてはいません。ですから今は少しでも実績を増やし、LNGプラントでも使える機器がつくれるのだということを示していきたい。そしてエネルギー供給の一翼を担い、世界に認められるグローバル企業になることが私たちの夢なのです」
エネルギーの世界は、今、大きく揺れている。その要因の一つがアメリカで進行するシェールガス革命だ。従来と違う地層から天然ガスの採取が可能になったことで生産量が急増し、ついにはその一部が日本に対しても輸出されることに決まった。
「それによって新たなプラントの建設が進んでいますし、天然ガスの流通が変わっていくことで業界の再編成もありえます。これは私たちにとって大きなチャンスの到来です」 ただし新たな市場ができても、そこで競合メーカーに勝っていくには他社にない技術を売りものにするしかない。吉田が言う。
「私たちのコンプレッサの大きな特長に、回転ロータの安定性があります。これは出荷前所内テストに参加された海外からのお客様も驚いていたほどです」
内部でロータが1秒間に300mの音速付近で回転するようなマシンでありながら安定性を実現するには、設計、加工、組立の全てにおいて精密さが必要だ。そしてこの点において、日本人は力を発揮すると吉田は確信している。
「出荷前所内テストで、設計解析で予測した値と、ほぼ同じ結果になるのは、それだけ正確にものづくりをしている証拠でしょう。コンプレッサは巨大な100トンを超えるマシンでありながら内部は精密機械のような精度が求められます。そういう製品は日本のメーカーが最も得意とするところです。エネルギー分野でいつまでも外国勢の後塵を拝するわけにはいかないのです」
日の丸LNGへの挑戦は始まったばかりだ。しかし、この国の高い技術とエンジニアの情熱がある限り、必ず未来は拓けていく。そう信じることが「世界で認められるグローバル企業を実現する」ことにつながっていくのである。
三菱重工コンプレッサ株式会社
技術統括センター
プロジェクトグループ
主席技師
1988年入社
工学研究科エネルギー変換工学専攻修了
三菱重工コンプレッサ株式会社
技術統括センター
引合計画グループ
主任
2005年入社
工学研究科機械工学専攻修了
エネルギーの長期安定供給と環境問題の克服。
人類の叡智を結集した核融合実験炉建設とは。
化学プラントを通して、日本、
そしてカリブ諸国の未来を開く。
サステナブルな社会を実現するために。
世界中から求められる
高品質のターボチャージャ。
人々が求める「心地よい環境」づくりへ向け
ターボ冷凍機が活躍する。
ロケットから宇宙輸送サービス事業へ、
技術だけではない三菱重工の強みがここにある。
日本が主導して開発する「日の丸LNG」を、
技術で支えていきたい。
20年後の日本に向けて製品を送り出す、
戦車事業の責任感と喜び。
日本だからできる性能と品質の高さを武器に、
MRJを世界最高のリージョナル機にしていく。
海に囲まれた日本だからこそ、
高度な海洋資源調査船が必要だ。
三菱重工のプラント・エンジニアリングが、
オイルメジャーから“Great!”と賞賛された理由。
経済の発達とともに拡大する自動車用冷凍ユニットの市場。
新たなグローバルビジネスを作り出す。