ページの先頭です。 ページの本文へ フッタへ
MITSUBISHI Heavy Industries Recruiting Information
MYPAGE

キャリアインタビュー

KATSUNORI OKAWA
大川賢紀

総合研究所
強度・構造研究部
構造第二研究室
室長
[1993年入社]
工学研究科電子制御機械工学専攻修了

失敗から学ぶことは多いが、
若い人は成功体験で伸ばしていきたい。

いい技術があってもビジネスが成功するとは限らない

 大川賢紀が最初に担当することになった製品は油圧ショベルだった。オペレーターが快適に作業をできるようにキャビンの乗り心地をよくしたい。そのためには、できるだけ振動が伝わらないようにする必要がある。
 「振動制御は機械工学の基本の一つですから仕事は面白かったのですが、そのころの私はまだ若かったので、不満もありました」
 それは、取り扱い製品のスケールに関する問題だ。
 「せっかく三菱重工に入ったのですから、国家プロジェクトにつながるようなインフラやプラント系の大きな仕事がやりたかったですね」
 そんな思いが通じたのか、4年目から担当したのがトンネルを掘るシールド式掘削機だった。
 「実はそのころには身近な製品である油圧ショベルの仕事がかなり楽しくなっていたのですが、地下インフラの構築に欠かせないシールドマシンにも興味があったので、かなり熱中して取り組んだ覚えがあります」
 シールドマシンは正確に姿勢制御ができなければ設計通りにトンネルが掘れない。しかし、土砂という「不確かなもの」を相手にするには最高のメカトロニクス技術が必要だ。
 「そのころは日本のメーカーのあいだで激しい開発競争が繰り広げられ、次々と新しい機能が実現されていました。私たちも丸い本体から四方にカッターを出すことで四角いトンネルを掘る異形断面シールドマシンを開発するなど、意欲的な取り組みを続けていたのです」
 エンジニアとしては満足な日々だったが、シールドマシンの仕事は大川に一つの思いを抱かせることになる。
 「日本製のシールドマシンは最高の性能と機能を発揮していましたが、後に中国で大々的に地下鉄工事が始まるようになると、基本仕様をベースに標準化されていたドイツ製シールドマシンに市場を席巻されてしまうという屈辱を味わいます。つまり、どんなにいい技術であってもビジネスにつながる仕組みをつくっておかなければ勝者にはなれない。製品開発の厳しさを、身をもって知りました」

海上に橋をわたす画期的な工法の開発で工学博士に

 大川にはもう一つ、「ビジネスにはつながらなかった苦い仕事」がある。
 「海上に橋をつくるときの新しい工法に関する技術です。通常は軟らかい海底の地盤を改良し、その上に基礎と橋脚を構築していきますが、三菱重工のもつ技術やノウハウを活かせば、もっとうまい方法があると考えたのです」
 それはあらかじめ造船所の設備を使って下部構造となる部分を先につくってしまい、建築現場まで曳航してから、長い杭を打って地下深くの支持層に固定してしまうという大胆な工法だ。現地の作業が減るので工期の短縮とコストの削減にもつながる。
 「もちろん安全性が担保されなければなりませんから、自社研究はもちろん、大学の先生や専門の研究機関などの協力も得て、一つずつ課題をクリアしていきました。その結果、強度的に問題がないというお墨付きをいただけたのです」
 研究成果が認められ、大川はこのプロジェクトで工学博士の学位を取得することになる。しかしせっかくの新工法も、実際の工事には採用されることはなかった。
 「建築、それも橋梁のように絶対的な安全性が求められる分野において、特に日本のような地震大国は工法などに関して保守的であり、常識破りのやり方はあまり歓迎されません。提案しても、『実績はあるのか?』の一言で片付けられてしまうのです」
 シールドマシンに続き技術をビジネスに結びつける難しさを知った大川だが、ただしこの成果については、「いつか未来社会で役に立つのでは…」と、今もまだ夢をあきらめてはいない。

エンジンからMRJ、ロケットまで扱う機械システム研究室

 その後、大型レジャー施設の開発や、台湾新幹線の軌道工事、特殊車両の開発と、三菱重工でしかできない仕事をエンジニアとして経験してきた大川だが、2010年から室長として研究室の指揮をとることになる。
 「研究開発の実担当から離れるのは寂しさもありますが、チームを率いることで多くのプロジェクトを経験でき、守備範囲が広がることで新しい発見もあるので、また別の面白さがあります」
 最初に命じられたのは、入社以来17年間在籍した高砂研究所ではなく、発足以来60年の長い歴史をもつ長崎研究所強度研究室の室長であった。
 長崎では商船、民航機、風車、防衛機器など構造的に強度が求められる製品と、ボイラ・ターボチャージャ・原子力機器などの高温環境における強度が求められる製品の両方をみることで、改めて機械工学の面白さを知る。続いて横浜研究所材料・構造研究室の室長を経験し、さらに領域が広がった。
 「今の研究室には、強度、振動、トライボロジー、制御などさまざまな専門をもつ人材が集まっています。人は多様な仕事を経験することで成長していきますから、彼らにはいろいろなチャンスを与えていきたいですね」
 そんな考えから、機械システム研究室は現在、エンジンから陸上機械、MRJなどの航空機、次期国産ロケットまで非常に幅広い製品に関わっている。
 「マネジメントをするようになって心掛けているのは、若い人にできるだけ成功体験を積ませるということです。自分の努力が製品に結びついたときの達成感は次の新たな一歩につながります。もちろん失敗から学ぶことも多いのですが、そこを突破したという経験が大事なのです」
 大川はチームの力をラグビーのスクラムに例えて説明した。
 「スクラムは一人でも弱い人がいるとそこを起点にあっという間に全体が崩れてしまいます。ですからチームのメンバー全員がそれぞれの役割の中で確固たる自信をもって支え合っていなければならない。それにつながるのが成功体験なのです」

CAREER PATH

1993
三菱重工に入社。高砂研究所建機研究推進室に配属され、油圧ショベルのキャビンの低振動化、車体の動的安定性に関する研究を行う。1996年からはシールド式トンネル掘削機の姿勢制御に関する研究を始める。
2000
高砂研究所構造研究室へ。海上橋のジャケット式基礎の開発、大型レジャー施設の開発、台湾新幹線の軌道工事などを担当。(2001年 主任に昇進)
2006
同じ所属のまま相模原製作所に常駐し、特殊車両の開発を行う。2008年以降は技術本部内のバーチャル組織である製品センター長としてマネジメントを経験。(2007年 主席研究員に昇進)
2010
長崎研究所強度研究室室長に就任。構造強度(商船、民航機、風車、防衛機器など)、高温強度(陸用ボイラ、ターボチャージャ、原子力機器など)の技術開発全般のマネジメントを行う。
2012
横浜研究所材料・構造研究室室長に就任。
2015
技術統括本部総合研究所 強度・構造研究部構造第二研究室室長に就任。

パーソナルデータ

趣味は長崎時代に始めたゴルフで、「プレー代も安かったせいか気軽にでき、室長や課長によるコンペを年に4回行うほど、かなり熱中していた(笑)」と語る。横浜に移ってからもコースに出て課題をみつけては、週末練習場に通って腕を磨いている。