

三菱重工グラフ(2012年7月発行)に掲載
造船、その新たな海図
― 伝統を胸に、次の大洋へ ―
つねに時代にお応えする船を世界の海へ、三菱重工のものづくり、その原点
三菱重工の造船史は、黒船来航から4年後の1857年に幕を開けました。以来、造船はつねに三菱重工の基幹事業にしてものづくりの原点であり、現在までに建造した船舶は累計5,400隻を超えています。150年余りにわたり、時代のニーズに応え続けてきた三菱重工の歴代の船舶には、各時代の世相が色濃く反映されています。
開国~戦前の時代、船は日本と世界を結ぶ架け橋として重要な役目を担っていました。 太平洋横断航路が開設された時代の豪華客船「天洋丸」(1908年建造・以下省略)や移民船など、近代化に邁進した当時は外国へ就航する船舶の需要が拡大。その後、世界情勢の緊張が高まるにつれ、軍艦の建造が中心となりました。 当時、世界最大クラスの戦艦「武蔵」(1942年)を筆頭に、建艦技術を駆使した数々の軍艦を建造。 戦後は、さまざまな新造船で日本の経済復興の要となる外貨獲得に貢献しました。 高度経済成長期に入ると、わが国初のコンテナ専用船「箱根丸」(1968年)や超大型タンカーなど、世界の最先端となる船舶の建造を担い、経済大国へと躍進する日本の成長を支えました。
- 上部写真:ディーゼル機関に直結したプロペラと電気式ポッド推進器を組み合わせた、ハイブリッド型のCRPポッド推進高速フェリー「すずらん」と「すいせん」(全長224.82メートル、総トン数16,810トン)〔長崎県・長崎造船所〕
「人・ものを運ぶ役割」の先をゆく、高付加価値船を創造
時代へしなやかに呼応する船造りの姿勢は、現在も変わることがありません。省燃費と環境対策を両立した自動車運搬船「OPAL ACE」(2011年)、画期的なハイブリッドCRP推進システムを搭載した高速フェリー「すずらん」・「すいせん」(2012年)、さやえんどう型タンクカバーと省燃費タービンプラントを搭載した大型LNG輸送船(2014年 建造予定)などの船はいずれも、環境対応と経済性向上というグローバル経済の潮流にお応えするものです。この流れは、船体やエンジン、高性能タービン、舶用機械までを一貫して手がける世界唯一の企業、三菱重工の総合力を活かせる好機です。
今後、三菱重工の造船は、燃費や環境性能の向上はもちろん、ニッチ市場をターゲットとした高付加価値船へと軸足をシフト。海洋資源調査船「白嶺」や、無人探査機「ゆめいるか」の開発はその代表例といえます。三菱重工の造船事業は今、社会に新たな価値をもたらす製品づくりへと、大きく舵を切ろうとしています。




入念な設計、豊かな知恵、人々の連携が造り上げる巨躯
三菱重工の商船建造は、1年以上におよぶ設計期間から始まります。船殻工事では、膨大な図面をもとに鋼板を切り出し、溶接して“ブロック”を造り、それを組み合わせ、船体の骨格や外形となっていきます。同時に、船内に配管や機器を取り付ける艤装工事を行いながら、エンジンや船内設備の調整・仕上げを施すと、船は海上試運転を経て完成。全長200メートルクラスの自動車運搬船では、1,000人以上の各分野の担当者が建造に関わり、受注から約2年で引き渡しとなります。機関室や貨物スペース、居住施設までを完備する船はまさに、海を進む巨大建造物。それだけに緻密な設計や豊富な知見に基づく生産計画、10万点を超える部品を手際よく処理する作業者間の密なる連携が欠かせません。





長い歳月に培われた、職人技による流麗な造形
巨大な鉄の塊である船体をかたちにする時、最後はやはり人の腕が頼りです。たとえば流麗な船体形状は、最新の流体力学により設計されているものの、実際に再現するには、熱を加えて鉄を曲げる"ぎょう鉄"の匠の技が不可欠です。また、重さ数十トンのプロペラを支えるシャフトは、わずか数十ミクロンの精度で据え付けられ、ここでも、計算では現れない気温による船体の収縮や、進水後のたわみによる影響を判断する経験技が重要となります。その巨躯には、高度な人の技が凝縮されているのです。

長崎造船所でつくられた直径約6.6メートル、重量約26トンの巨大なプロペラがシャフトに装着されます。

エンジン(写真左側)が生み出す動力をプロペラに伝達する直径約60センチメートルのシャフトは長さ20メートル以上もあるものの、シャフトを軸受け(写真右側)に据付ける際の誤差はわずか1/100ミリメートル以内という精度が求められます。〔兵庫県・神戸造船所〕


技術は受け継がれ、世界で息づく、造船事業の新たなる航海の時
2012年、船舶・海洋事業の新展開に伴い神戸造船所は107年にわたる商船建造を終え、潜水艦などの海洋製品に特化しました。これまでに築き上げた造船技術や豊富な知見は、これらの製品の開発・製造に受け継がれ、商船の建造を引き続き担ってゆく長崎や下関の造船所にも継承されます。また、溶接技術やメガブロック工法は、すでに発電プラントの建設事業で活かされるなど、技術継承の範囲は造船にとどまりません。人類と地球の未来のため、グローバル規模で多様な展開へ踏み出す造船事業は今、新たな航海の時を迎えます。
